祈祷会  
ウエストミンスター小教理問答講解63

「神が造られた物はみなよき良い物で、感謝して受けるとき、捨てるべき物は何一つありません。神のことばと祈りとによって、聖められるからです。」(Iテモテ4:4-5)

(1)日ごとの糧を求める祈り
今日は主の祈りの第四の祈願を取り上げます。第104問を読みましょう。「問:第四のの祈願では、私たちは何を祈り求めるのですか。答:(『我らの日用の糧を今日も与えたまえ』という)第四の祈願で私たちが祈る事は、神の一方的な賜物のうちから、私たちがこの世の良き物の正当な分を受け、それによって神の祝福を楽しむことができるように、ということです」。主の祈りの前半三つの祈願が、父なる神の栄光、御国、御心を求める祈りであったのに対して、後半の三つの祈願は私たちの日ごとの糧、罪の赦し、悪からの救いを願う祈りです。天地を創造され、これを統べ治めたもう神は、私たちの日ごとの必要をご存じであられ、私たちのもっとも必要な罪の赦しと悪からの救いを成し遂げてくださるお方なのです。
 この「私たちのための祈り」の冒頭に来るのが「日ごとの糧」を求める祈りです。マタイ5章では「私たちの日ごとの糧を今日もお与えください」と祈られ、ルカ11章では「私たちの日ごとの糧を毎日お与えください」と祈られるように、この祈りは日ごとに主なる神の御手に依り頼む祈りでもあります。今日の箇所について大教理問答の第193問は「日ごとに神の摂理に頼りつつ、神の自由な賜物から、また父親らしい知恵に最善と思われるように、その正当な分を享受でき」るようにとの祈りであると解説しています。つまり日ごとの糧を求める祈りは、神の摂理の御手に信頼する祈りでもあるのです。ここで思い起こしておきたいのがハイデルベルク信仰問答の第27問です。「問:神の摂理について、あなたは何を理解していますか。答:全能かつ現実の、神の力です。それによって神は天と地とすべての被造物を、いわばその御手をもって今なお保ち支配しておられるので、木の葉も草も、雨もひでりも、豊作の年も不作の年も、食べ物も飲み物も、健康も病も、富も貧困も、すべてが偶然によることなく、父親らしい御手によってわたしたちにもたらされるのです」。これはハイデルベルク信仰問答の中でももっとも美しい問答といわれるところですが、ここにある神の摂理が父親らしい御手をもって働くという理解が、ウェストミンスター大教理問答では「神の摂理に頼りつつ」、「父親らしい知恵と最善と思われるように」という表現に受け継がれ、今日の小教理問答の答えの中にも反響していることがよく分かります。私たちが主なる神に日ごとの糧を祈り求めることができるのは、このお方が、私たちの父なるお方として私たちの必要を知り、それを満たし、すべてを豊かに与えてくださる愛のお方であるからにほかならないのです。

(2)神の自由な賜物を受ける
 さらにこの祈りは「神の一方的な賜物のうちから、私たちがこの世の良き物の正当な分を受け」ることができるように、との願いでもあると教えられます。ここで「神の一方的な賜物」と言われるのは、先の大教理問答に従えば「神の自由な賜物から」ということです。第33問以下でも触れたことですが、ここで「一方的」と訳されるのは「フリー」という言葉で、当時の語法では「無償の」と訳すのが相応しいとされます。大教理が「神の自由な賜物」という時にはこの意味合いが汲み取られています。私たちが日ごとの糧を祈り求めるのに対して、父なる神は自由で無償の賜物から私たちの受ける分を正当に分け与えてくださるというのです。ここで「正当な」と言うときには私たちの日々の労働を通してという意味も含まれているのですが、いずれにしても私たちの祈りと神の自由な賜物という表現で言い表されているのは、父なる神は私たちの祈りに関わりなく、主権的に自由かつ無償で私たちに日ごとの糧を豊かに与えてくださるお方であられますが、それでも私たちが日ごとに父なる神に信頼して祈ることを喜んでいてくださるのであって、そのような父と子の交わりの中に生きることを良しとしていてくださるのです。

(3)神の祝福を楽しむ祈り
このような父と子の交わりを示すのが、「それによって神の祝福を楽しむことができるように」との祈りです。日ごとの糧を求める祈りは、私たちの最低限の必要を満たすだけのものではなく、むしろ私たちが神を喜び、神の与えてくださる祝福を楽しむためのものでもあるというのです。この教えを支える御言葉は冒頭に開いたIテモテ4章4節、5節です。「神が造られた物はみなよき良い物で、感謝して受けるとき、捨てるべき物は何一つありません。神のことばと祈りとによって、聖められるからです」。
 私たちの父なる神は私たちの日ごとの必要をご存じで、その必要を満たしてくださることを通して私たちが日ごとに神を信頼して生きることを喜んでくださるお方であるばかりでなく、私たちに与えてくださる日々の糧を通して御自身の祝福を豊かに与え、それらをもって私たちがこの地上の日々を楽しんで生きるようにしていてくださるお方なのです。それで私たちは季節を楽しみ、食物を楽しみ、文化を楽しみ、人々との語らいや交わりを楽しみ、神の造られた世界全体を楽しんで生きることができるのです。そのような祈りとして第四の祈願を祈る道が開かれていることを喜び、感謝して、なお祈り続ける者でありたいと思います。「私たちにすべての物を豊かに与えて楽しませてくださる神に望みを置くように」(Iテモテ6:17)。

 



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