祈祷会  
ウエストミンスター小教理問答講解62

 「それから、イエスは少し進んで行って、ひれ伏して祈って言われた。『わが父よ。できますならば、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願うようにではなく、あなたのみこころのように、なさってください。」(マタイ26:39)

(1)御心を求める祈り
今日は主の祈りの第三の祈願を取り上げます。第103問を読みましょう。「問:第三のの祈願では、私たちは何を祈り求めるのですか。答:(『みこころの天になるごとく、地にもなさせたまえ』という)第三の祈願で私たちが祈る事は、神が恵みによって私たちにも、天における御使いたちのように、万事につけて神の御意志を知り・従い・服することができる力と意志とを、授けてくださるように、ということです」。第一の祈願で主なる神の御名があがめられることを祈り、第二の祈願で主なる神の御国、その御支配を待ち望む祈りがささげられ、続く第三の祈願では、主なる神の御心がこの地になるようとの祈りがささげられます。天の父なる神は私たちを遥かに超えた天地万物の創造者にして、その支配者であられますが、しかしその神の御心は私たちのもとに近づき、私たちに働きかけ、私たちの間で、私たちの中で実現していくのです。
 この年、私たちは神の御心、神の御意志ということを繰り返し学んでいますが、御心がなるようにとの祈りを前にして改めて教えられたいことは、ウェストミンスター小教理問答が第39問で教えていたことです。「問:神が人に求めておられる義務は、何ですか。答:神が人に求めておられる義務は、神の啓示された御意志に服従することです」。小教理問答は第103問を第39問との関わりで読むことによって、私たちに主の祈りの第三の祈りの意味を解き明かしていると言えるでしょう。すなわち、私たちがこの地になるようにと祈り求める父なる神の御心は、私たちにとって遠く彼方にある雲をつかむようなものであったり地の深いところに隠されたものではなく、「神の啓示された御意志」と言われているように、神の御言葉において私たちに伝えられているものであり、私たちはそれを聖霊の導きの中で丁寧にねばり強く聞き続けていくのです。

(2)御心を実現させるもの
 神の御意志が御言葉を通して私たちに伝えられているとすれば、それは地上においてどのように実現していくのでしょうか。主の祈りが「みこころの天になるごとく、地にもなさせたまえ」と祈るとき、私たちはその実現にどのように参与することができるのでしょうか。小教理問答はそれを「万事につけて神の御意志を知り・従い・服することができる力と意志とを、授けてくださるように」と教えています。そこでは私たちは神の御意志の実現をただじっと眺めている傍観者ではなく、むしろ私たち一人一人が御言葉を通して神の御意志を「知り」、その明らかにされたご意志に「従い、服する」ことによって、その実現に積極的に参与するのであり、しかもそうすることができる「力と意志とを授けてくださるように」と祈ることが、この第三の祈願の主旨であるというのです。
 このことは、私たちが神の御心を祈り求めていくときのとても大切なポイントではないでしょうか。いつも教えられることですが、私たちが神の御心とその実現を祈り求めるときには、具体的に二つの祈りが必要でしょう。一つは御言葉を通して何が神の御心であるかを神が明らかにしてくださり、私たちがそれを正しく知ることができるようにという祈りであり、いま一つは明らかにされた御心に私たちが喜んで従うことができるようにという祈りです。ここで小教理は「知り、従い、服する」と言っていますが、特に「従い、服する」と神の御声に聞き従い、それに全く服従する姿勢を強調していることに注目したいと思います。私たちはしばしば御心を求め、それに従うことができるようにと祈りつつも、この神に対する「従い、服する」という信仰の姿勢においてなお不十分、不徹底であることを示されるものです。あらためて神への信仰は神への服従であることを覚えることが必要ではないでしょうか。

(3)天の御使いのように
 小教理問答はこの服従の模範として「天における御使いたちのように、万事につけて神の御意志を知り・従い・服することができる力と意志とを、授けてくださるように」として、天の御使いの存在に私たちの目を向けさせます。一般的にプロテスタント教会では「天使論」の扱いは極めて抑制的であり、特にウェストミンスター小教理問答はその点が顕著な文書であって、聖書が語っていること以上のことには言及しないのですが、ここでは大胆にも「天における御使いたちのように」と語っています。しかしこのことはウェストミンスター小教理問答のオリジナルなものでなく、宗教改革の教会がそれ以前の教会から受け継ぎ、培ってきた、祈りの伝統に則っていると言えるでしょう。いつも引用するハイデルベルク信仰問答の第124問をご紹介します。「問:第三の願いは何ですか。答:『みこころの天になるごとく、地にもなさせたまえ』です。すなわち、わたしたちやすべての人々が、自分自身の思いを捨て去り、唯一正しいあなたの御心に、何一つ言い逆らうことなく聞き従えるようにしてください。そして、一人一人が自分の務めと召命とを、天の御使いのように喜んで忠実に果たせるようにしてください、ということです」。
 ここでハイデルベルク信仰問答やウェストミンスター小教理問答が「天使」の存在を引き合いに出すとき、そこでは天使が天上において神に忠実に従い、服従する存在であることを通して、地上において私たちが神に忠実に従い、服従することを求めているのです。今、地上に生きている私たちは、もちろん天使のように完全な意味で神の御側で仕えることはできませんが、しかし地上にあっても天の御心を願い求め、神の御意志に服従する力と意思とを祈り求めながら生きるとき、私たちはまさにその祈りの只中で、すでに天の御心をこの地にあって生き始めているのです。

 



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