祈祷会  
ウエストミンスター小教理問答講解61

 「今や、私たちの神の救いと力と国と、また、神のキリストの権威が現れた。私たちの兄弟たちの告発者、日夜彼らを私たちの神の御前で訴えている者が投げ落とされたからである。兄弟たちは小羊の地と、自分たちのあかしのことばのゆえに彼に打ち勝った。彼らは死に至るまでもいのちを惜しまなかった。」(ヨハネ黙示録12:10-11)

(1)御国を求める祈り
今日は主の祈りの第二の祈願を取り上げます。第102問を読みましょう。「問:第二の祈願では、私たちは何を祈り求めるのですか。答:(『御国を来たらせたまえ』という)第二の祈願で、私たちが祈る事は、サタンの王国を滅ぼしてくださるように、恵みの王国を進展させ、私たち自身と他の人々をそこに入れ、その中に守ってくださるように、また栄光の王国を早く来たらせてくださるように、ということです」。主の祈りの第二の祈願は「御国が来ますように」という祈りです。「御国」、「天の御国」、「神の国」とは新約聖書における主イエス・キリストの福音宣教の中心的なメッセージでありました。マルコ福音書によれば、主イエスは宣教の御生涯を「悔い改めなさい。神の国が近づいたから」という宣言をもって開始され、町々、村々を巡りながら御国の福音を宣べ伝えられました。そしてその宣教において神の国の到来と、その成就、完成の希望を指し示されたのです。「神の国」とは神の支配と統治の及ぶ領域を意味しており、また主イエス・キリスト御自身の御臨在のあるところです。そしてそれは主イエス・キリストの来臨によって開始され、その十字架と復活をもって実現し、さらには再び主イエス・キリストが来たりたもう終わりの時に、天地万物の回復と完成、そしてその更新をもって全うされるのです。

(2)三つの王国
 主の祈りはこのような主イエス・キリストの全面的な支配を求めて「御国が来ますように」と祈るのですが、このことは今はまだその支配が完成する途上にあることをも意味しています。この地上の現実の姿を、小教理問答は三つの「王国」として言い表しています。すなわち第一は「サタンの王国」、第二は「恵みの王国」そして第三が「栄光の王国」というものです。「サタンの王国」とは、未だ救いが完成していない世にあって暗躍している神に敵対するサタンの支配を示しています。しかしこの支配は限界があり、主イエス・キリストの勝利が約束されています。それで、主イエス・キリストがこの地上に来られ、十字架を通して成し遂げてくださった贖いの御業によってサタンの支配から救い出され恵みの支配のもとに移されることを小教理問答は「恵みの王国」と表現し、さらにはこの恵みの王国が進展し、やがて救いの完成がもたらされる状態を指して「栄光の王国」と言っているのです。
 このように、私たちが「御国が来ますように」と祈るとき、そこでは「サタンの王国」が退けられ、「すでに」主イエス・キリストの来臨と十字架の贖いによって成し遂げられた「恵みの王国」と、「いまだ」完成はしておらずとも「やがて」必ずその時が訪れ、救いが完成される終わりの時の全き「栄光の王国」が来るようにという、神の国の「すでに」と「いまだ」の両面が含まれているのです。この点を同じような言葉遣いを用いて語っているのは、小教理問答よりもおよそ80年前に作られたハイデルベルク信仰問答です。ハイデルベルク信仰問答の第123問を見ておきましょう。「問:第二の願いは何ですか。答:『み国を来らせたまえ』です。すなわち、あなたがすべてのすべてとなられる御国の完成に至るまで、わたしたちがいよいよあなたにお従いできますよう、あなたの御言葉と聖霊とによってわたしたちを治めてください、あなたの教会を保ち進展させてください、あなたに逆らい立つ悪魔の業やあらゆる力、あなたの聖なる卸言葉に反して考え出されるすべての邪悪な企てを滅ばしてください、ということです」。ここには御国の進展と完成、悪魔の滅びというこの祈りの二つの焦点がはっきりと現れていることがわかります。

(3)急ぎつつ、待ちつつ
 ウェストミンスター、ハイデルベルクからさらに遡って、ルターの大教理問答にも同じような表現が出てきます。「御父よ、どうぞ福音が正しく世界に宣べ伝えられますように。まず第一にあなたの御言葉をお与えください。第二に、御言葉が信仰によって受け入れられ、私たちのうちに生きて働き、こうして、あなたの御国が御言葉と聖霊の力とを通して、私たちの間に行き渡り、悪魔の国が打ち破られて、悪魔が権力と暴力とを私たちの上にふるわず、最後に悪魔の国が完全に破壊されて、罪も死も地獄もいっさいが根絶され、私たちが全き義と祝福のうちに永遠に住みえますように」。こうして辿ってみると、主の祈りの第二の祈願については、宗教改革時代にある一貫した理解が継承されていたことが明らかですが、しかしルターがはっきりと語っている特色は、「福音が正しく世界に宣べ伝えられますように」という福音宣教の祈りとしての理解です。このことはハイデルベルクやウェストミンスターにおいては「御国の進展」の祈りの中に含まれていくのですが、やはり御国を待つ祈りが、ただ単に待つということでなく、その時を急ぎつつ、福音を述べ伝えつつ待つという、主体的で能動的な姿勢であることをよく理解しておきたいと思います。 神の国は私たちのもとに来るのであり、またある意味でそれは私たちを用いて御国を来たらせることでもあるのです。それは何よりも主イエス御自身が弟子たちに教えられたことでもありました。マタイ福音書24章14節でこう言われているとおりです。「この御国の福音は全世界に宣べ伝えられて、すべての国民にあかしされ、それから終わりの日が来ます」。そしてこの御国の到来のために、私たちは福音の宣教に励むのです。パウロがIIテモテ4章1節以下で愛する弟子テモテに向かって語ります。「神の御前で、また、生きている人と死んだ人とをさばかれるキリスト・イエスの御前で、その現れとその御国とを思って、私はおごそかに命じます。みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい」。御国を思いつつ福音宣教に励むようにとの勧めにあるように、終末の待望と福音宣教への熱心はいつの時代にも堅く結びついていましたし、宗教改革者たちの確信もここにありました。私たちもこの終わりの時代にあって、サタンの王国が滅ぼされ、恵みの王国が進展し、そしてついには栄光の王国が完成することを願つつ「御国が来ますように」と祈りながら、急ぎつつ、待ちつつ、福音の宣教に励み続けたいと願います。

 



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