祈祷会  
ウエストミンスター小教理問答講解51

「エズラが大いなる神、主をほめたたえると、民はみな、手を上げながら、『アーメン、アーメン。』と答えてひざまずき、地にひれ伏して主を礼拝した。ヨシュア、バニ、シェレベヤ、ヤミン、アクブ、シャベタイ、ホディヤ、マアセヤ、ケリタ、アザルヤ、エホザバテ、ハナン、ベラヤなどレビ人たちは、民に律法を解き明かした。その間、民はそこに立っていた。彼らが律法の書をはっきりと読んで説明したので、民は読まれたことを理解した。」(ネヘミヤ8:6-8)

(1)恵みの手段としての神の言葉の説教
前回から、キリストがあがないの祝福を私たちに伝えるのに用いられる外的な手段(他に「恵みの外的手段」と言う場合もあります)について学びはじめましたが、今回はこの恵みの手段の第一に挙げられる「御言葉」について考えてみます。第89問を読みましょう。「問:御言葉は、どのようにして救いに有効とされますか。答:神の御霊が、御言葉を読むこと、特に説教を、罪人に罪を自覚させて回心させるため、また信仰によってきよめと慰めのうちに救いに至るまで建て上げるために、有効な手段とされます」。すでに学んだように、「外的」とは私たちの内に働いてくださる聖霊の神の御業の外側への表れを意味していました。ですからここでの主語はまず「神の御霊」となるのです。聖霊が御言葉を通して私たちに主イエス・キリストを示し、キリストが聖霊を通して私たちに語ってくださる時に、罪人の回心が起こり、救われた者がその完成に至るまで建て上げられるということが起こっていくのです。そこではまず御言葉とともに働いてくださる御霊の神の御業を覚えることが重要です。
 さらに、神の御霊が御言葉を通して働かれるその最も中心的な働かれ方は「御言葉を読むこと、特に説教を」と教えられるように、神の言葉の説教であることが分かります。神の御言葉はまず第一に、主の日の礼拝における、御言葉の奉仕者である牧師によって説き明かされる神の言葉の説教において働くのです。このことについては今夕拝で学び続けている「福音に生きる」という教理説教においてもすでに取り上げたことですが、永井春子という先生が記された教理入門の書物にこうあります。「問:そのキリストを知るには、どうすればよいですか。教会に来て、礼拝しながら、聖書のみことばを聞くとき、御霊の働きによって、キリストを知ることができるのです。ただ知るだけでなく、キリストにお会いできるのです」。このように良き知らせとしての福音の言葉を、私たちは教会において聞くのです。礼拝において、牧師が語る説教を通して御言葉を聞くのです。それこそが神の言葉の最も中心的な語られ方なのです。

(2)罪人を回心させる神の言葉の説教
 御霊の神は御言葉の説教を通して、「罪人に罪を自覚させて回心させ」てくださいます。使徒の働きを読み進めてみますと、使徒たちの福音宣教によってもたらされる人々の回心は、絶えず御言葉の説教によって引き起こされていったことがわかります。ペンテコステ直後のペテロの説教が語られた際には「人々はこれを聞いて心を刺され、ペテロとほかの使徒たちに、『兄弟たち、私たちはどうしたらよいでしょうか。』と言った」とあり、悔い改めてバプテスマを受けるようにと導かれていったと記録されます。また同じく使徒8章のピリポによるエチオピア人の宦官に対する伝道においても「ピリポは口を開き、この聖句から始めて、イエスのことを彼に宣べ伝えた」とあり、それによって宦官はすぐさまバプテスマを受けたのでした」。
 パウロもIコリント1章で「神はみこころによって、宣教のことばの愚かさを通して、信じる者を救おうと定められた」と言い、「私たちは十字架につけられたキリストを宣べ伝える」と語りました。そして事実、その御言葉の宣教によって人は罪を示され、悔い改めて神のもとへと立ち返ることができるのです。それは私たち一人一人もまたそれぞれが御言葉との出会いの中で経験してきたことでもあるのです。

(3)救われた者を建て上げる神の言葉の説教
 神の御言葉は私たちの回心において有効であるのみならず、救われた者たちの信仰の完成に向かう建て上げにおいても有効であると教えられます。「また信仰によってきよめと慰めのうちに救いに至るまで建て上げるために、有効な手段とされます」と教えられる通りです。Iペテロ2章2節では「生まれたばかりの乳飲み子のように、純粋な、みことばの乳を慕い求めなさい。それによって成長し、救いを得るためです」と教えられ、またヘブル書6章1節では「私たちは、キリストについての初歩の教えを後にして、成熟を目指して進もうではありませんか」と勧められています。
 さらにこの主題において最も重要な御言葉として使徒20章32節を読みたいと思います。「いま私は、あなたがたを神とその恵みのみことばとにゆだねます。みことばは、あなたがたを育成し、すべての聖なるものとされた人々の中にあって、御国を継がせることができるのです」。昨年の秋の修養会で「建て上げる喜び」についてご一緒に学んだことですが、ここで「みことばは、あなたがたを育成する」と訳されるのは「オイコドメオー」、すなわち「御言葉はあなたがたを建て上げる」という意味です。礼拝で牧師を通して語られる神の言葉の説教はあなたがたを建て上げる言葉なのであって。聞く者たちを打ちのめしたり、くずおれさせたり、切り捨てる言葉ではなく、私たちを信仰の完成に向かって建て上げる言葉だというのです。主イエス・キリストが御自身の愛する者たちを慰め、励まし、育み、建て上げるために教会に委ねてくださった恵みの手段としての御言葉、そして説教。この言葉によって養われ、生かされ、建て上げられていく私たちでありたいと切に願うものです

 



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