祈祷会  
ウエストミンスター小教理問答講解48

「私たちは、恐れ退いて滅びる者ではなく、信じていのちを保つ者です。」(ヘブル10:39)

(1)信仰と悔い改め
前回から、罪の中にあって自分の力では神の求めておられる義の基準を満たすことができず、かえって日ごとに罪を増し加え、それをもって神の怒りとのろいのもとにある私たちが、どのようにして救われるのかという、信仰の最も中心のところにさしかかって来ました。そこであらためて前回も取り上げた第85問をまず読んでおきましょう。「問:罪のために私たちに当然な神の怒りとのろいとを免れるために、神は、私たちに何を求めておられますか。答:罪のため私たちに当然な神の怒りとのろいとを免れるために、神が私たちに求めておられる事は、キリストがあがないの祝福を私たちに伝えるのに用いられるすべての外的手段を、忠実に用いて、イエス・キリストを信じ、命に至る悔い改めをすることです」。ここで、神の怒りと呪いを免れて、キリストの贖いの祝福、すなわち救いの中に迎えられるために神が求めておられる「イエス・キリストを信じ」る信仰については今日の第86問で、「命に至る悔い改め」については次の第87問で取り上げられ、この救いを私たちに伝えるのに用いられる「外的手段」については第88問から終わりの第107問にかけて論じられていきます。
 このように小教理問答は、私たちが救われるために神が求めておられることは「信じること」と「悔い改め」であると言っていますが、その際に私たちが注目しておきたいのは、「信じること」がまず最初に来て、次に「悔い改め」が述べられるという順序です。しばしば私たちはこれを逆転させて「悔い改め」と「信仰」という順序で救いの事柄を考えがちですし、実際に教会がそのように語ってきたということもあるのですが、悔い改めがあって、それから信仰があるのではなく、信仰があって、それから悔い改めがあるのです。

(2)信仰とは何か
 このことは続く第86問、87問で信仰も悔い改めもいずれもが「救いの恵みです」と語られていることと関わりがあります。第86問を読みましょう。「問:イエス・キリストへの信仰とは、何ですか。答:イエス・キリストへの信仰は、救いの恵みです。それによって私たちは、救いのために、福音において提供されているままにキリストのみを受け入れ、彼にのみ寄り頼むのです」。ここではまず「イエス・キリストへの信仰は、救いの恵み」と言われます。ここで「救いの恵み」(Saving Faith)と言うのは、主なる神が私たちに与えてくださる多くの恵みのうちで、特に救いに関して働く特別の恵みのことを意味します。人が救われるのは人間のどのような善行や努力によるのでもなく、ひたすら神の恵み、しかも特別の恵みによるのです。
 私たちはとかく、まず自分の罪を悔い改めて、そうしてはじめて信じ救われることができると考えてしまいがちです。しかし、そうであるならばその悔い改めは救われるための人間の側の準備となり、人間の力によって行われる業となってしまうでしょう。自分で悔い改めて救いにあずかるにふさわしい者となって、それから神のもとにいくということは私たちにはできません。私たちは自分の力では悔い改めすらできる者ではないのです。むしろ父なる神の大いなる愛の中に招き入れられ、御子イエス・キリストの十字架の恵みに与り、聖霊がその恵みを私たち一人一人にあてはめてくださる時に初めて、本当に深く自分の罪を思い知らされ、真の悔い改めに導かれることができるのです。
 
(3)受け入れ、寄り頼む
 さらに小教理問答は、イエス・キリストへの信仰を「福音において提供されているままにキリストのみを受け入れ、彼にのみ寄り頼むのです」と教えます。通常、信仰について説明される場合、それを「認識・承認・信頼」と言い表します。キリストの贖いの恵みを正しく知り、それをそのまま私のためであると認め、そこに信頼をもって自らを委ねていくのです。ここで小教理問答が教えているのはまさにそのことです。まず「受け入れる」とは、人間の側の常識や解釈ではなく、ただ福音において差し出されているままに、イエス・キリストが私の罪からの唯一の贖い主であることをそのまま承認することであり、「寄り頼む」とは、そこにどのような人間の努力や功績をも含まず、このお方にすべてを委ね、お任せすることです。ハイデルベルク信仰問答ではこれに加えて「確かな認識」という事が教えられていました。小教理でも、その言葉自体は出て来ませんが、「福音において提供されているままに受け入れ、寄り頼む」には、御言葉が示す贖いの恵みを正しく知ることが欠かせません。私たちがこうして地道に教理を学ぶのも、まさにこの信仰の認識のためなのです。
 私たちの信仰は知性においても、感性においても、理性においても十分なものです。私たちはただ感覚的に、感情的に信じているだけでなく、知識においてもこれを正しく知ることが必要であり、知ることによってこの恵みを受け入れ、ますますこれに寄り頼むことができるようにされていくのです。こうしてみると、まさにイエス・キリストと私たちとの関係は実に豊かな人格的な交わりであることが分かります。私たちは単なる思想を信じるのでなく、熱狂的な宗教的恍惚を求めるのでもなく、生けるまことの救い主、私たちを愛し、私たちを罪の中から救い出し、ご自身の御心に生きるようにと日々導き続けてくださる御子イエス・キリストを人格的に知り、この方を受け入れ、この方に寄り頼んで生きていくのであり、信仰の道筋はまことに生ける主とともに歩む道なのです

 



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