祈祷会  
ウエストミンスター小教理問答講解45

「あなたの隣人に対し、偽りの証言をしてはならない」(出エジプト20:16)

(1)第九の戒め
 今日は十戒の第九戒を学びます。最初に第76問から第78問を読んでおきましょう。「問76:第九戒はどれですか。答:第九戒はこれです。『あなたは隣人について、偽証してはならない』」。旧約聖書を読むと、モーセの時代のイスラエルの中にはかなり詳細な刑法、民法的な取り決めがあったことが分かりますが、特に人や家畜のいのちが奪われるような事件が起こったときには、客観的な証拠の吟味よりも、証人による証言というものが非常に大きな意味を持ちました。それで証言をする証人は複数でなければならないといった規定も定められるようになったわけですが、いずれにしても、もしこの証人が悪意をもって偽りの証言をしたならば、訴えられた人は非常に難しい立場に追い込まれることになり、逆に証人の証言が偽りであることが明らかになった場合は、偽証した本人が重い罪に問われることになるのです。
 このように、第九戒は、直接的には裁判における偽証を禁じる戒めですが、小教理問答は、この戒めの心を更に展開させて教えています。第77問、第78問を読みましょう。「問77:第九戒では、何が求められていますか。答:第九戒が求めている事は、人と人との真実と、また私たち自身と隣人の名声とを、保ち、高めること、特に証言する時にそうすることです。問78:第九戒では、何が禁じられていますか。答:第九戒が禁じている事は、何事であれ、真実を損なう事、あるいは私たち自身や隣人の名声を傷つける事です」。このように小教理問答は、第九戒を私たちの隣人との間の真実な言葉の交わし合いとして捉えているのです。

(2)言葉の重み
 昨今、責任ある立場にある人々の言葉の「軽さ」が目に付きます。特に政治家たちに言葉の軽さ、いい加減さには目を覆いたくなるような思いにさせられますが、そもそも人間社会は「言葉」に伴う責任を互いに引き受け合う中で成り立つものであり、言葉への信頼なしに、その言葉を発する人格への信頼を置くことはできないはずです。聖書の時代から、古代、中世、そして宗教改革の時代にも、この言葉への鋭い意識は貫かれていました。特にある神学者は、これらの時代の人々が第九戒を受け取ってきた場として、「法廷での証言」、「兵役の際の宣誓」、「官吏としての宣誓」という三つの場面があったことを指摘しています。第一の法廷での証言については、第九戒との直接のつながりがありますが、問題は他の二つの場合でした。特にローマ帝国以来、キリスト者が兵役に就く際に、あるいは官吏の職に就く場合、皇帝に対して絶対の忠誠を誓う宣誓が求められたのですが、果たしてキリスト者はその宣誓を行うことが許されるか、否かということが大変大きな課題となっていったのです。
 これらは非常に複雑かつデリケートな問題で、ここでそのすべてを扱うことはできませんが、こういう誓約義務を前にしてキリスト者の兵役拒否の伝統や、たとえ上位の職からの求めであっても、官吏の内面の自由までも犯すことはできず、その権利は保たれ、更にその自由が侵害されそうになるときには抵抗する権利があるという「抵抗権」の思想、さらには厳格な政教分離の概念が生まれてきたと言うことを覚えておきたいと思います。いずれにしても、そこには「言葉」というものが非常に重いものだという、言葉に対する研ぎ澄まされたセンスがあるということを教えられます。私たちもキリスト者として、言葉をどのように扱うのか、その信仰のセンスが問われているように思うのです。

(3)真実な言葉を語る
 小教理問答は、「偽証してはならない」という戒めの心の積極的な面を、「人と人との真実と、また私たち自身と隣人の名声とを、保ち、高めること」とし、消極的な面として「何事であれ、真実を損なう事、あるいは私たち自身や隣人の名声を傷つける事」と教えます。「口は禍のもと」ですから、いたずらな言葉を口にして自分や他者の名声を傷つけ、信用を貶めることがあってはなりませんが、しかしここでは単純に「沈黙は金」ということが勧められているのでもありません。時に沈黙は大きな美徳ですが、しかしキリスト者として、責任ある言葉を委ねられた者として、語るべき時にはしっかりと語る、論じ合う時には責任を持って論じ合う、そうして語った言葉に伴う責任を引き受ける。そのような局面があることをよくわきまえ知っておくことも必要でしょう。語るべき時に、ふさわしい言葉を語ることができるように、それによって真実が明らかにされ、人々の徳が建てられ、何よりも主なる神の御栄光があがめられるような真実な言葉を互いに口にするものでありたいと願います。とりわけ、信仰の告白を弁明することが求められる局面が訪れる時には、自らの信じる信仰の確信をはっきりと恐れ憚ることなく語ることができるように、いつも私たちのうちに住まわれる聖霊の神に信頼して、よき備えをしておきたいと思います。
 「人々があなたがたを、会堂や役人や権力者などのところに連れて行ったとき、何をどう弁明しようか、何を言おうかと心配するには及びません。言うべきことは、そのときに聖霊が教えてくださるからです」(ルカ福音書12:11-12)。

 

 



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