祈祷会  
ウエストミンスター小教理問答講解43

「姦淫してはならない」(出エジプト20:14)

(1)第七の戒め
 今日は十戒の第七戒を学ぶことにします。最初に第70問から第72問を読んでおきましょう。「問70:第七戒はどれですか。答:第七戒はこれです。『あなたは姦淫してはならない』。問71:第七戒では、何が求められていますか。答:第七戒が求めている事は、心、会話、振る舞いにおいて、私たち自身と隣人の貞潔を守ることです。問72:第七戒では、何が禁じられていますか。答:第七戒が禁じている事は、すべてのみだらな思い、言葉、行動です」。
 現代社会の抱える様々な罪の問題がありますが、その根っこをたどっていくとやはり、人間の欲望をコントロールできなくなっている「神のかたち」の破綻ということに行き着きます。そしてその人間の欲望のもっとも深いところにあるのが「性」に関わる欲望であるように思います。なかなかこのようなテーマは教会で正面切って取り上げることの難しいものでもあるのですが、しかし現代社会の中にはびこっている忌まわしい犯罪やその周辺の事柄の中に、性的な堕落や退廃の問題が結びついていることは明らかなことといえるでしょう。性そのものは神が与えた良き賜物であるにもかかわらず、人はそれを恥ずべき、悪しきものに用いようとする。ここに人の罪の姿、堕落の影響を見せつけられるのです。 今日、性的な貞潔などという死語のようになっており、キリスト教界の中でさえそのような風潮が蔓延し始めているような時代ですが、しかし聖書はこの点について実に明確な基準を設けています。十戒は、父母を敬うこと、命を敬うことの命令に続いて「姦淫してはならない」と夫婦の間の貞潔を教えます。これらは「いのちを受け継ぐ」というひと続きの神の御心の中に数えられる教えです。なぜ聖書は結婚の関係における貞潔を求めるのか。その一つに「いのちを受け継ぐ」という大切な営みが込められているのです。

(2)不品行を避ける
 これまでの問答と同様に、ここでも「求められていること」、「禁じられていること」の両面からこの戒めの心が説き明かされていきます。まず求められていることとしては「心、会話、振る舞いにおいて、私たち自身と隣人の貞潔を守ること」と言われ、禁じられていることとしては、「すべてのみだらな思い、言葉、行動」と言われます。ある立場では第七戒が禁じていることは夫婦のいわゆる浮気、不倫の問題で、その他のことは含まれていないと考えることがありますが、それは聖書の全体からすれば、主の御心を矮小化するものと言わなければならないでしょう。主イエス・キリストはマタイ福音書5章の山上の説教でこう言われました。「『姦淫してはならない。』と言われたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。だれでも情欲をいだいて女を見る者は、すでに心の中で姦淫を犯したのです。もし、右の目が、あなたをつまづかせるなら、えぐり出して、捨ててしまいなさい。からだの一部を失っても、からだ全体ゲヘナに投げ込まれるよりは、よいからです」。
 主イエスが与えられた新しい戒めの基準においては、ただ命じられた事柄を形式的に守っておればよい、という態度では不十分なことは明らかです。聖書ははっきりと「不品行の罪」を戒めます。実際には老いも若きも、男も女も性の誘惑の問題、不品行の罪から全く自由であることはできません。しかしこれらの誘惑に対して、より弱い立場におかれる人々があることも事実でしょう。これだけ性的な誘惑が身近に溢れている中で、神の求めておられる基準を繰り返し示し、懇ろに励まし、罪を犯した時には悔い改めと許しの道を示していくことは、これからの教会にとってより一層大切な役割となっていくでしょう。「どのようにして若い人は、自分の道をきよく保てるでしょうか。あなたのことばに従ってそれを守ることです」(詩篇119:9)との御言葉を繰り返し語っていきたいと思います。

(3)聖さを求めて
 さらに、積極的に、主体的に第七の戒めに生きる道はどのように導かれていくのでしょうか。Iテサロニケ4章3節から7節を読みましょう。「神のみこころは、あなたがたが聖くなることです。あなたがたは不品行を避け、各自わきまえて、自分のからだを、聖く、また尊く保ち、神を知らない異邦人のように情欲におぼれず、また、このようなことで、兄弟を踏みつけたり、欺いたりしないことです。なぜなら、主はこれらすべてのことについて正しくさばかれるからです。これは、私たちが前もってあなたがたに話し、きびしく警告しておいたところです。神が私たちを召されたのは、汚れを行わせるためではなく、聖潔を得させるためです」。
 神のみこころは、私たちが聖とされていくこと、と御言葉は教えます。それはまさに「心、会話、振る舞い」という生活全体に及ぶことであり、しかも「私たち自身と隣人」に関することでもあるのです。私たちは自分自身の心と体にも十分注意を払い、また私自身だけでなく隣人との間にもよく心を配って、そこにキリストの聖さが証しされる振る舞いを心がけていきたいと願います。その時に、主はその私たち自身を用いて、ご自身の栄光を表すところとしてくださるのです。最後にIコリント6章19節、20節を読んでおきます。「あなたがたのからだは、あなたがたのうちに住まれる、神から受けた聖霊の宮であり、あなたがたは、もはや自分自身のものではないことを、知らないのですか。あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。ですから自分のからだをもって、神の栄光を現しなさい」。この御言葉をいつも心に刻んで、キリストにある聖さを求めて日々を過ごしたいと願います。

 

 



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