祈祷会  
ウエストミンスター小教理問答講解41

「あなたの父と母を敬え。あなたの神、主が与えようとしておられる地で、あなたの齢が長くなるためである。」(出エジプト20:12)

(1)第五の戒め
 今日は十戒の第五戒を学ぶことにします。第63問を読みましょう。「問:第五戒はどれですか。答:第五戒はこれです。『あなたの父と母を敬え。これは、あなたの神、主が賜る地で、あなたが長く生きるためである』」。十戒の中で私たちにとって最も身近なものといってよいのがこの第五戒ではないでしょうか。父、母を敬うこと。それは誰しもが教えられ、大切にしてきた人間関係の一番の基本であり、もっと言えば、聖書の教え以外にも、儒教を代表とする様々な教えの中で、親への敬いは基本的な人の道として教えられていることです。それではなぜ十戒がこのことを敢えて示すのか。それは単に人間一般の常識を教えているということに留まるのか。この点をよく考えてみる必要があるように思います。
 十戒を学ぶ際にいつも確認することですが、これらの戒めは大きく二つの部分に分けられます。ちょうど主イエス・キリストが律法の中心を「神を愛すること」と「隣人を愛すること」の二つに纏めて教えられたように、十戒の前半部分は神と人との関わりについての戒めであり、後半部分は神の御前での人と隣人との関わりについての戒めであるということです。ではその前半部と後半部はどこで区切られるのか、それについては聖書ははっきりと語っていませんので、その内容から考えることが必要です。キリスト教会の中でも十戒の区切り方、数え方に若干の違いがあることを以前に指摘しましたが、十戒の前半部と後半部の区切り方のポイントが、今日の第五戒を神を愛することの締め括りとするのか、それとも隣人を愛することの初めとするのかという理解の仕方に関わってくるといえるのです。

(2)隣人を愛する愛
 第五戒を前半部の神を愛する戒めの締め括りとして位置づけると、父母を敬うことは神を敬うことの表れであり、人は父母を敬うことを通して神を敬う、神によって立てられた親を通して、その父母を与えた神御自身を敬うという教えが導き出されてくることになります。それはそれで成り立つ教えであり、ひいてはそこから神によって立てられた上なる権威への服従という原則も導き出されてくることになるのです。しかしこの論理には、これを上に立つ権威の側が、自分は神によって立てられた権威だからといってそれへの服従を強制し始める時、そこに神の権威を後ろ盾にした人間による人間支配の構図が生まれてくるという危険性も孕んでいました。実際、ナチ・ドイツの時代の教会ではこのような論理によってヒトラーの支配が絶対化され、教会も「上に立つ権威」が神によって立てられたがゆえにこれに服従するという姿勢を取ることになっていってしまったのです。
 では小教理問答はこの戒めをどのように理解しているのでしょうか。第64問と第65問を見ましょう。「問64:第五戒では、何が求められていますか。答:第五戒が求めている事は、あらゆる人が目上、目下、対等といういろいろの地位と関係において持つ名誉を守り、義務を果たすことです」。「問65:第五戒では、何が禁じられていますか。答:第五戒が禁じている事は、あらゆる人がそのいろいろの地位と関係において持つ名誉と義務を、無視したり、それに反する何かを行うことです」。ここでまず第64問が明らかにするように、小教理問答は第五戒を父母や上に立つ権威を通して神を敬うというようにではなく、むしろ神にあって「あらゆる人が目上、目下、対等といういろいろの地位と関係において持つ名誉を守り、義務を果たすこと」として、これを単に親子関係のみならず、社会におけるあらゆる立場の人間関係の基礎として、すなわち隣人愛の教えの基礎として位置づけているということが分かるのです。
 この点は私たちがよく考えておくべきことと言えるでしょう。特に日本の社会は「イエ・ムラ・クニ」の社会構造を持つと言われ、天皇を家長とし、その臣民はみな天皇の赤子という封建的な家父長制度に基礎を置くとされます。それらが私たちの社会の中の隅々に行き渡るので、親を敬うことがそのまま天皇を敬うことにすり替えられ、そのように国柄を重んじ、天皇を重んじることへの教育と、子どもたちに親を敬うことを教える教育とが渾然一体となって「忠君愛国」のような思想が生み出されてくることになっていったのです。しかし聖書の教える他者との関係は、神を愛することに基礎付けられた隣人愛によるものであり、そこでは自分が関わりを持つあらゆる人々と、それぞれの人との関係にふさわしく名誉を守り、義務を果たし、そうやって相手の尊厳を尊ぶ関わりであることを深く覚えておきたいと思います。

(3)隣人を愛する祝福
 このようにして親を敬い、自分と関わりある人々の尊厳を守って生きる時に、神が与えてくださる祝福があることが教えられます。第66問を読みます。「問:第五戒に加えられている理由は、何ですか。答:第五戒に加えられている理由は、この戒めを守るすべての人に対する、神の栄光とその人自身の益となるかぎり長寿と繁栄の約束です」。ここで語られる長寿と繁栄は、それを最初から目論見に入れた打算的な隣人愛を進めているのではなく、他者の尊厳を守って生きるとき、自分もまたそのように他者から自分自身の尊厳を認められ、それを尊ばれて生きることのできる祝福の姿を教えているといえるでしょう。
 旧約聖書においては神の祝福は主に地上における長寿と繁栄によって表されていました。私たちは今日これらを単に物質的な祝福ということでなく、神がキリストにおいて与えてくださった「すべての霊的祝福」(エペソ1:3)として受け取っています。神を神として愛し、敬う時に、私たちは隣人を隣人として、親を親として、上司を上司として、部下を部下として、伴侶を伴侶として、子どもを子どもとして、友を友として、兄弟姉妹を兄弟姉妹として愛し敬う者と変えられていくのであり、時には敵と思える者でさえも、神の愛によって愛すべき隣人として受け入れることができるまでに変えていただくことができるのです。これは地上の長寿と繁栄にまさる大いなる祝福であり、私たちはこの祝福に生きるようにと、今も神の愛を注がれ、その愛に生きるようにと招かれ続けているのです。
「神を愛する者は、兄弟をも愛すべきです。私たちはこの命令をキリストから受けています」(Iヨハネ4:21)。

 



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