祈祷会
ウエストミンスター小教理問答講解37

「あなたには、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない。」(出エジプト20:3)

(1)第一の戒め
今日から十戒の一つ一つの戒めを学んでいくことになります。まず最初に第45問を読みましょう。「第一戒は、どれですか。答:第一戒はこれです。『あなたはわたしのほかに、なにものをも神としてはならない』」。小教理問答の第1問を学んだ時にも申し上げたことですが、最初に教えられること、最初に命じられることというのは、単に順番が最初であったと言うことにとどまらず、内容から言っても一番大切なこと、最も重要な基礎となることが語られていると言えるでしょう。十戒においても、まずこの第一の戒めがしっかりと打ち据えられなければ続く九つの戒めが建て上げられなくなってしまう。それほどの重みを持つ戒めとして、私たちの主なる神にお従いする基準として与えられている第一の戒めを心に刻んでおきたいと思うのです。
 私たちはすでに十戒のついての学びを繰り返し教えられていますが、そこで教えられていたのは、十戒は前半の四つの戒めが主なる神に対する私たちのあり方を教え、後半の六つの戒めが主なる神の御前にある私たちと私たちの隣人とのあり方を教えているということでした。このことは小教理問答第42問が十戒の要約として「心をつくし、精神をつくし、力をつくし、思いをつくして、主なる私たちの神を愛すること、また自分を愛するように私たちの隣人を愛することです」と教えていた通りです。そしてこの「神を愛すること」と「隣人を愛すること」を貫く最も大切な柱となる戒めこそが、この第一の戒め、「あなたはわたしのほかに、なにものをも神としてはならない」なのです。 

(2)第一戒が求めていること
 続いてこの第一戒の中身を学んでいきたいと思います。第46問と第47問を続けて読んでおきましょう。「問:第一戒では、何が求められていますか。答:第一戒が私たちに求めている事は、神を唯一のまことの神また私たちの神として知り、認めること、またそれにふさわしく神を礼拝し、神の栄光をあらわすことです」。「問:第一戒では、何が禁じられていますか。答:第一戒が禁じている事は、まことの神を否定するか、神また私たちの神として礼拝せず栄光をあらわさないこと、神だけにふさわしい礼拝と栄光を他の何ものにでもささげることです」。ここにはまず小教理問答の十戒の説き明かし方の一つの特徴が表れています。これは続く第二戒以下でも繰り返されることですが、小教理問答は十戒の内容を説き明かすに際して「求められていること」と「禁じられていること」を教えるという方法をとっています。ここで大切な点は、小教理問答が十戒を単なる「禁止」、「命令」という受け身な消極的な言葉としてではなく、むしろそれらをより積極的な言葉として、「求められていること」をも明らかにしている点です。ここで私たちは十戒を通して主なる神により積極的にお従いしていくあり方を教えられることができるのです。
 そこでまず「求められていること」について、第46問では「神を唯一のまことの神また私たちの神として知り、認めること、またそれにふさわしく神を礼拝し、神の栄光をあらわすことです」と教えられます。ここには主なる神を神とすることの中に、「神を知ること」と「神をあがめること」の二つの要素が含まれています。神を神とするためには、まず聖書が啓示しておられる主なる神をよく知らなければなりません。この場合の「知る」とは単なる知的な営みに留まるものではなく、カルヴァンが「神をあがめる目的で神を知ること」と語ったような、神を愛し、神をあがめる礼拝の心を伴った知り方ということです。そうして神を知ることを通して、十戒の第一戒は「神の栄光をあらわし、永遠に神を喜ぶ」という小教理問答第1問と一致したものとして教えられることになるのです。

(3)第一戒が禁じていること
 続いて第一戒が禁じているのは、「まことの神を否定するか、神また私たちの神として礼拝せず栄光をあらわさないこと、神だけにふさわしい礼拝と栄光を他の何ものにでもささげること」です。ここで大切なのは、まことの神を否定し、礼拝をささげないことはもちろんのこと、「神だけにふさわしい礼拝と栄光を他の何ものにでもささげること」が禁じられているということです。人間が抱え持つ最も深い罪の本質は、真の神を神としない神への背反にありますが、真の神を神としない人間は、必ず真の神以外のものを拝まずにおれない存在です。つまり人間はまことの神を礼拝するか、そうでなければ他のものを拝むかのどちらかであり、中立的な姿勢を取ることはできないのです。その上で本来、真の神にのみささげるべき礼拝が他のものにささげられることが禁じられるとき、人間にとって真の神を礼拝して生きることが、いかに人間にとって中心的な営みであるかを教えられるのです。
 このことは続く第48問とも関わるものです。「問:第一戒の『わたしのほか(面前)に』という言葉で、私たちは特に何を教えられていますか。答:第一戒の『わたしのほか(面前)に』という言葉が私たちに教える事は、万事を見ておられる神が、他のどんな神を持つ罪にも注目し、これを大いにきらわれる、ということです」。異教の神々の中に囲まれて生きている私たちにとって、これらの言葉はとても厳しいものに聞こえます。実際に日本の習俗や文化の中には様々な異教的要素が含まれており、それらを賢く見極め、意図的であることはもちろんのこと、知らず知らずのうちに偶像礼拝に取り込まれてしまうことのないように、それらの習慣、習俗の本質をしっかりと見極める霊的な知恵が必要になっていくでしょう。そのためにも、私たちがまず主なる神を神とする信仰の基本姿勢を堅く据えて、御言葉に日々教えられ、礼拝をささげる生活を確立することをもって、この地にあって主に従う私たち一人一人であらせていただきたいと思います。


 



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