祈祷会
ウエストミンスター小教理問答講解22

 「それから終わりの時が来ます。そのとき、キリストはあらゆる支配と、あらゆる権威、権力を滅ぼし、国を父なる神にお渡しになります。キリストの支配は、すべての敵をその足の下に置くまで、と定められているからです。」(Iコリント15:24-25)

(1)あがない主キリストの王職
 数回にわたって、あがない主キリストの果たされる預言者、祭司、王の三重の職務について学んでいますが、今回はその第三番目のキリストの王職について学ぶことにします。第26問を読みましょう。「問:キリストは、どのようにして王職を果たされますか。答:キリストが王職を果たされるのは、私たちを御自身に従わせ、治め、守ってくださること、また御自身と私たちとのあらゆる敵を抑えて征服してくださることにおいてです」。
キリストが王としての職務を果たされるということは、キリストが天地万物の全てを統べ治めるお方であられることを意味しています。私たちはこの地上にあって国家や世俗の権力や権威の統治のもとにあり、それらの権威に対して敬意を払い、果たすべき義務を負っているのですが、しかしそれらの権威は真の王なるキリストから委ねられたものであって、地上の権威はあくまでも相対的なものに過ぎないことを十分理解することが大切でしょう。この点についてパウロは書簡の中でくり返し教えています。エペソ書1章20節、21節にはこうあります。「神は、その全能の力をキリストのうちに働かせて、キリストを死者の中からよみがえらせ、天上においてご自分の右の座に着かせて、すべての支配、権威、権力、主権の上に、また、今の世ばかりでなく、次に来る世においてもとなえられる、すべての名の上に高く置かれました。またピリピ書2章9節から11節では「神は、キリストを高く上げて、すべての名にまさる名をお与えになりました。それは、イエスの御名によって、天にあるもの、地にあるもの、地の下にあるもののすべてが、ひざをかがめ、すべての口が、『イエス・キリストは主である。』と告白して、父なる神がほめたたえられるためです」と言っています。さらにコロサイ書2章10節でも次のように記しているとおりです。「キリストはすべての支配と権威のかしらです」。

(2)私たちを治め、守る王として
小教理問答は王なるキリストの務めを大きく二つに分けて示します。その一つは「私たちを御自身に従わせ、治め、守ってくださること」ということです。キリストが私たちを御自身に従わせ、治め、守られるというとき、それはまず何と言っても直接的には、御自身の御体なる教会に対する関わりを意味しています。先ほどのエペソ1章の続きの22節には次のように記されています。「また、神はいっさいのものをキリストの足の下に従わせ、いっさいのものの上に立つかしらであるキリストを、教会にお与えになりました」。父なる神は天地の王なるキリストを教会にお与えになったと言われます。ここに教会のこの地上における位置と果たすべき使命とが明らかにされていると言えるでしょう。教会はこの地上の片隅にある逃避場所というようなものでなく、天地万物の王なるキリストがかしらとしていまし、その支配と統治の業をなされる中心的な舞台として備えられた場であるということなのです。
 ではキリストの統治の業は、具体的に教会を通してどのように成し遂げられるのでしょうか。ウエストミンスター大教理問答の第45問には次のように記されています。「キリストが彼らを可見的に支配される手段である役員と律法と戒規とを彼らに与えることにより、その選民に救いの恵みを授けること・・・によって王の職務を果たされる」。ここで言われるのは今日で言えば教会の役員たちによって担われる務めを指しています。つまりキリストの王的職務はもっぱら教会の役員たちの務めによって果たされていくということができるでしょう。この点は先に学んだキリストの預言者職とあわせて考えるとよりはっきりしてきます。そこではキリストの預言者職は御言葉と御霊によって果たされると教えられていました。この職務を今日の教会に当てはめてみれば、御言葉の宣教の任にあたる牧師職ということになるでしょう。つまりキリストの三重職のうち、預言者職はもっぱら牧師の務めによって、王職は役員の務めによって、さらに宗教改革の信仰によれば、祭司職はすべての信徒たちによって担われているということができるのです。

(3)私たちの敵を征服される王として
 キリストの王職のもう一つは「御自身と私たちとのあらゆる敵を抑えて征服してくださること」と言われます。御自身とその教会との敵とはなんでしょうか。冒頭に読んだIコリント15章24節、25節をもう一度見ましょう。「そのとき、キリストはあらゆる支配と、あらゆる権威、権力を滅ぼし、国を父なる神にお渡しになります。キリストの支配は、すべての敵をその足の下に置くまで、と定められているからです」。ここでパウロが「あらゆる支配、権威、権力」というとき、それは単なる地上の権威や権力をさすのみならず、その背後にある悪しき霊の存在を意味しています。つまり時に国家はその背後に働く悪しき霊によって神に敵対するのです。これはヨハネ黙示録13章が示す「国家の『獣化』」と言うことです。かつてのローマ帝国、あるいはナチス・ドイツ帝国やかつての天皇制国家神道体制に支えらえた大日本帝国など、まことの神に敵対して自らを神格化していこうとする帝国の背後には霊的な諸力が存在するのであって、まさしくパウロがエペソ書6章12節で「私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるすべてのもろもろの悪霊に対するものです」と指摘しているとおりです。
 けれどもそのようなこの世の権力とその背後にうごめく悪しき霊の存在に対して、王なるキリストはそのすべてに打ち勝って、それらを御自身の足の下に従わせることのおできになる方です。コロサイ書2章15節で次のように言われるとおりです。「神は、キリストにおいて、すべての支配と権威の武装を解除してさらしものとし、彼らを捕虜として凱旋の行列に加えられました」。私たち教会は、この王なるキリストの全き勝利を信じるものとして、艱難と迫害の時代を迎えてもなお、イエスこそが主であるとの信仰の告白に立つこと求められているのであり、またそのように立ち続けることができるのです。

 



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