祈祷会
ウエストミンスター小教理問答講解15

 「そういうわけで、ちょうどひとりの人によって罪が世界にはいり、罪によって死がはいり、こうして死が全人類に広がったのと同様に、−それというのも全人類が罪を犯したからです。」(ローマ5:12)

(1)創造された状態からの堕落
 まず第15問を読みましょう。「問15:私たちの最初の先祖たちを、創造された状態から堕落させた罪とは、何でしたか。答:私たちの最初の先祖たちを、創造された状態から堕落させた罪とは、彼らが禁断の木の実を食べたことでした」。先の第13問で「私たちの最初の先祖たちは、神に罪を犯すことによって、創造された状態から堕落しました」と教えられ、続く第14問でその罪とは「神の律法への一致に少しでも欠けること、神の律法にそむくこと」であると教えられたのを受けて、その最初の先祖アダムの犯した神の律法への違反が何であったのかを記すのがこの第15問でした。すなわち創世記2章17節で「善悪の知識の木からは取って食べてはならない。それを取って食べるその時、あなたは必ず死ぬ」との神の命令に背いて、3章6節で「女はその実を取って食べ、いっしょにいた夫にも与えたので、夫も食べた」ことによって罪の中に堕落したのです。
 ここで小教理は人間の罪に陥る様を「堕落」という言葉で表現します。すなわち本来あるべきところから落ちてしまったというのです。ではその本来あるべきところとは何であったのかについて、小教理はこれを「創造された状態」と表現しました。ここで「状態」という言葉に注目したいと思います。この「状態」(estate)という言葉は「地位」や「身分」とも訳せる言葉で、ここでは特に神との関係における人間の位置を表しています。第12問、13問では「創造された状態」における人間と神との関係は契約の関係にあったと記されたのですが、今日の第15問で創造された状態から堕落した結果、続く第17問で「罪と悲惨との状態」に陥ってしまったと言われるのです。ところが第20問を見ると、主なる神は私たち人間をそのような罪と悲惨の状態から救い出して「救いの状態」に入れてくださることが明らかにされ、ついには第38問で、救いをいただいた者たちに与えられる最終的な姿が「完全に祝福された状態にされる」ことであると言っているのです。このように小教理問答は神との関係における人間の在り方を、第一に「創造された状態」、第二に「罪と悲惨の状態」、第三に「救いの状態」、そして第四に「完全に祝福された状態」という四つのステージに分け、それぞれの状態からの転機における神の御業を私たちに教えながら、救いの教理の全体像を描き出そうとして行っていると言えるのです。
 
(2)アダムとキリスト
 続いて第16問を読みましょう。「問16:アダムの最初の違反で、全人類が堕落したのですか。答:あの契約がアダムと結ばれたのは、彼自身のためだけでなく、子孫のためでもありました。それで、普通の生まれかたでアダムから出る全人類は、彼の最初の違反において、彼にあって罪を犯し、彼と共に堕落したのです」。ここでは最初の人アダムの犯した罪による堕落と、その後に続く私たちの罪との関わり方が述べられます。これは、人は生まれながらにして罪人であるという、いわゆる「原罪」(original sin)の教えの根拠となる問題であり、また冒頭に開いたローマ書5章が展開する、最初の人アダムの罪と全人類の罪の関わりが後には一人の救い主キリストによる私たちの救いの関わりとが一対になって論じられていくという、いわゆる「アダム−キリスト論」が論じられるところです。
 なぜアダムの犯した最初の違反によって全人類が罪の中に堕落しなければならなかったのか。アダムと私たちとの関係は如何なるものなのか。この問いについて小教理問答は、創造の始めに神と人との間に結ばれた契約、第12問でいう「いのちの契約」(業の契約)は「彼自身のためだけでなく、子孫のためでもありました」と言って、これが単に神とアダムとの間だけに結ばれた契約ではなく、アダムを後に続く全人類の代表として立てた契約であるというのです。ここからアダムの罪と私たちの罪との関わりが生まれてくるのですが、小教理問答の表現に沿って言えば、「普通の生まれ方でアダムから出る全人類」は「彼にあって罪を犯し」、「彼と共に堕落した」ということになるのです。ここで論じられていることをまとめてみると次のように言うことができるでしょう。まず契約という関係から言うと、「彼にあって罪を犯し」たということによって、神との契約におけるアダムの代表性ということが教えられます。アダムは単に個人としてでなく、私たち人間の代表として神の御前に契約の当事者とされたのです。それゆえに次に「彼と共に堕落した」ということによって、全人類の代表としてのアダムが罪を犯した結果、その契約違反の罪もまたアダム個人の責任というだけにとどまらず、アダムを代表とする全人類の罪とされるのであって、ここに罪の連帯性が生じることになったのだと言っているのです。
 もう一つは小教理問答が「普通の生まれ方で」と言っているように、罪の遺伝性ということです。つまり小教理問答はアダムの罪と私たちの罪との関わりを一方では契約における繋がりによってとらえ、もう一方では自然の出生による遺伝の繋がりによってとらえているのです。人間はみな契約のかしらとしてのアダムとの繋がりを持つという論理的な関わりとともに、すべての人間がアダムを先祖とするゆえに、その罪との繋がりをいのちの繋がりという実体的な関わりにおいても持っているのであって、まさに親から子へと罪の性質も伝わるのだというわけです。しかもここで注目したいのは小教理問答が「普通の生まれ方でアダムから出る全人類」とわざわざある但し書きをつけた言い方をする時、そこでは「普通の生まれ方でない」一人の人がすでに想定されているという事実です。つまりアダムから生まれた者で、しかしアダムから罪の影響を受けることのない生まれ方、普通でない生まれ方をした方がおられる。契約のかしらである一人の人アダムの罪と堕落によって全人類が罪の中にある。しかしそこから私たちを救うために、アダムにかわって罪のないただ一人の救い主がお出でになり、この方によって私たちは罪と悲惨の状態から救いの状態に移し替えられる。これこそがイエス・キリストであるというのです。ローマ書5章17節から19節にこう記されている通りです。「もしひとりの人に違反により、ひとりによって死が支配するようになったとすれば、なおさらのこと、恵みと義の賜物とを豊かに受けている人々は、ひとりの人イエス・キリストにより、いのちにあって支配するのです。こういうわけで、ちょうど一つの違反によってすべての人が罪に定められたのと同様に、一つの義の行為によってすべての人が義と認められて、いのちを与えられるのです。すなわち、ちょうどひとりの人の不従順によって多くの人が罪人とされたのと同様に、ひとりの従順によって多くの人が義人とされるのです」。

 

 



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