祈祷会
ウエストミンスター小教理問答講解8

「すなわち、神は私たちを世界の基の置かれる前からキリストのうちに選び、御前で聖く、傷のない者にしようとされました。」「私たちは彼にあって御国を受け継ぐ者ともなったのです。私たちは、みこころによりご計画のままをみな実現される方の目的に従って、このようにあらかじめ定められていたのです。」(エペソ1:4,11)

(1)神の御業としての聖定
 第7問を読みます。「問7:神の聖定とは何ですか。答:神の聖定とは、神の御意志の熟慮による永遠の決意です。これによって神は、御自身の栄光のために、すべての出来事をあらかじめ定めておられるのです」。これまで学んできた第4問から6問では、聖書によってあかしされている神の御存在について記されてきました。続いて今日の第7問から12問にかけては、神のなされる御業について記されます。その最初に取り上げられるのが「神の聖定」についての教えです。私たちはこれまでの学びを通して、神が唯一にして三位一体のお方であり、私たちと交わりを持ち、私たちに働きかけてくださる人格的な生けるまことのお方であることを見てきました。この神の私たちに対する働きかけについて教えるのが、今日取り上げている聖定の教えです。
 小教理問答は「聖定」を「神の御意志の熟慮による永遠の決意」であると説明します。私たちの神は天地万物の創造主にしてただお一人の主権者であられますから、神がどのようなことをお考えになったり願われたりするかは、まったく神の自由なる意志に基づくことで、私たち人間の側がそのすべてを知ることはできませんし、またそれらについて云々することもできません。しかし、神がお考えになるあらゆることの中でも、私たち人間に対して確かに行うと決意なさったことについては、それが必ず実行に移されること、それを途中で神が諦められたり、頓挫したり、途中で中断したりということはなく、必ず成し遂げられると信じることができるのだということ、これが聖定の教えの心であると言えるでしょう。しかもそのようにして私たちの間に実現する神の御意志は、神ご自身の栄光のために方向付けられており、神の栄光を表すことは私たち人間の生きる目的でもあることを考えあわせる時、まことに「神のなさることは、すべて時にかなって美しい」(伝道3章11節)ものなのです。
 しかもそのような大切なご計画を決意されるにあたっては、「神の御意志の熟慮」があると教えられています。つまり神は私たちに対するご計画を決めて、実行に移されるにあたり、思いつきのようになさったり、いい加減な気持ちでなさることはない。むしろ深く思い巡らし、熟慮していてくださるというのです。さらにここで「熟慮」と訳されるのは「カウンセル」という言葉ですが、そこには「相談する、話し合う」という意味があります。小教理問答はこの言葉を選ぶに当たって第6問の三位一体の教えを踏まえているのでしょう。つまり私たちに対する御心を実行するにあたって、父と子と聖霊の神が互いに相談し合い、話し合ってもっとも確かで、もっとも美しく、もっとも善いご計画を立てていてくださるというのです。

(2)運命論、宿命論を超えて
 このように考えてきますと、小教理問答が教える「聖定」の教えは、私たちが考えやすい「運命論」や「宿命論」とは全く違ったものであるということに気づかされるでしょう。私たちは「すべての出来事はあらかじめ定められている」というような言葉を聞くと、すべてがそうやって運命づけられているのなら、人間がどう努力してみたり、運命に抗ってみても無駄なことだと考えて、時に諦めの態度に陥ったり、投げやりな態度にふけってしまうことになりがちです。実際に教会の歴史においても聖定の教えが人間の気力を失わせ、主体的で能動的な人生態度を弱めることにつながることがありました。しかし私たちはこの教えを、そのような運命論、宿命論として受け取ってはならないでしょう。なぜなら聖定の教えとそれらの考え方との間には根本的な違いがあるからです。ではその根本的な違いとは何でしょうか。それは、運命や宿命そのものが私たちを支配しているのではなく、私たちに対して永遠の熟慮に基づく御心を立て、それを成し遂げられる人格的な神が私たちを導いておられるということです。私たちの人生は時の巡り合わせ、偶然の積み重ねや運命のいたずらに支配されているのではなく、非人格的な力や機械仕掛けの神に支配されているのでもありません。もしそうだとすれば、私たちの人生にはその根本的な意味も、生きる目的も、その尊厳も見出すことができなくなってしまうでしょう。
 しかし私たちの人生を導いておられるのは、私たちを愛し、私たちを生かし、私たちとの交わりを持っていてくださる生けるまことの神であられ、しかもその神が父、子、聖霊の三位一体の互いのあいだで十分な配慮をもって懇ろに語り合い、そうして決断されたよき御心を私たちの間に成し遂げてくださるのだというのです。この神の聖定のゆえに、私たちの人生も、喜びの時や光の中を歩む時ばかりでなく、悲しみや苦しみの時、闇の中を行くような時ですらも、神の深く確かな御心にしたがってすべてが導かれていることを信じることができ、そのように生きることが許されるのです。人は人生の表面に表れ出てくる出来事によってその人の人生の幸と不幸とを判断しようとしますが、神の聖定を信じる者は、人生の表に表れる幸と不幸の背後に控える神の熟慮に基づいた永遠の決意によって、しかもそれが神の栄光へと方向付けられた決意であることによって、本当の人生の幸いを受け取ることができるのです。ここに神を信じる者の人生に対する深い洞察と、神の聖定への感謝と賛美の道が開かれていくのです。

 

 



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