祈祷会
ウエストミンスター小教理問答講解7

「それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、また、わたしがあなたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。」(マタイ28:19,20)

(1)一つの本質、三つの位格
 前回に続いて第6問の三位一体の教えについて学びます。「問6:その神には、いくつの位格がありますか。答:神には、三つの位格があります。御父と、御子と、聖霊です。この三位は、実体が同じで力と栄光において等しい、ひとりの神です」。小教理問答は、父なる神、子なるイエス・キリスト、聖霊なる神が「実体が同じで力と栄光において等しい、ひとりの神」であることを言い表します。すなわち私たちの神はただおひとりの、生けるまことの神である、という確信は決して揺るがされることがありません。しかしその一方でこの神が「御父と御子と聖霊」の三位の神であられるとも言い表しています。ここで「位」と訳されるのは英語の「パーソン」という言葉です。ですから通常は「人格」と訳される言葉ですが、むしろここでは神の固有のあり方を示す用語として「位格」という言葉が用いられます。
 では「神には三つの位格がある」とはいったいどういうことでしょうか。前回の学んだように、教会が三位一体の教理を確立していく過程では様々な異端との論争があったのですが、そこでは御子イエス・キリストの神性と聖霊の神性が問われ、同時に三つの別々の神を信じるのではなく、あくまでも唯一の神を信じる唯一神への信仰といかに調和をとるかが問題とされていきました。そして、それらの論争の中でしばしば登場してきたのが、神があたかも一人の神が三つの顔をその時々の必要に応じて使い分けるという考え方や、一つの体に三つの頭が着いたような三頭神のような考え方などでした。これに対して正統的な信仰は、神はあくまでもただお一人のお方でありつつ、しかしその唯一の本質の中に御父と御子と聖霊という三つの位格がどこまでもその固有のあり方を貫いておられるという理解だったのです。そこには本質的に三位間の優劣もなく、時間的な差異もなく、「実体が同じで力と栄光にいて等しい」神がおられる、しかしその唯一性の中に貫かれる各々の固有性が存在しているということになるのです。
このことを論理的に説明することには限界があるのですが、敢えて一つの申し上げるとするならば、それは神が愛なるお方であられるということからの説明です。これはアウグスティヌスが『三位一体論』の中で語ったことですが、愛とは「愛するもの」と「愛されるもの」があってはじめて成り立つものであり、孤独の中では成り立たない。そこから唯一の神の中に「愛し、愛される」という完全な愛の交わり、調和があると言えるのであり、まさに神が愛なるお方であられることが、神の中に愛し、愛される三位一体の関係があることを証ししているということです。確かにこの説明をもってしても神の三つにして一つなることの完全な説明にはなり得ませんが、それでも一つの証しとしての役割を果たしているということはできるのではないでしょうか。

(2)存在の在り方と働きの仕方
 古来、三位一体を説明する時には、今まで申し上げてきたような神の存在の在り方についての説明をする方法と、その一方で神の働きの仕方によって説明する方法とがありました。前者を「存在論的三位一体論」、後者を「経綸論的三位一体論」と呼びます。そこでここでは後者の経綸論的三位一体論ということについて考えておきたいと思います。そこで言われることは三位一体の神の各位格には存在、力、栄光においては何らの違いはないが、その働きの仕方には区別があるということです。すなわち三位一体における神のお働きの中には、各位格が主として働かれる固有なお働きがあるのです。例えば父なる神は主に創造と摂理の御業において私たちの救いのご計画を導くという役割を果たされ、御子イエス・キリストは主に贖いの御業を通して私たちの救いを実現するという役割を果たしてくださり、聖霊なる神は主として召命と義認、聖化の御業を通して私たちの救いを完成するという役割を果たしていてくださるのです。この各位格の働きが一人の神のお働きとして働いてくださるので、私たちの救いは確かにされるのであって、三位一体の教えは単なる論理上の整合性を求める理屈ではなく、私たちの救いの確かさという点からいっても大変重要な教えであることが分かると思います。
 父、子、聖霊の神が、私たちの救いのために総掛かりになってその働きを成し遂げてくださる。愛であられる神が、その救いの計画から実現、そして完成に至るまでそれを必ず成し遂げてくださる。ここに三位一体の神を信じる大切な視点が示されているといえるでしょう。私たちの信じる神は、唯一の神でありつつ、父なる神として私たちの上にあって救いのご計画を導いてくださり、子なるイエス・キリストが私たちの前にあって我々のために十字架による贖いを成し遂げてくださり、聖霊なる神が私たちのうちに住んでくださって、この救いを信じ受け入れさせ、信じた私たちを義と認め、神の子どもとし、救いの完成に向けて聖化の道を歩ませてくださるのです。神の御存在について「もし」ということはできませんが、敢えていうならば、もし贖いが御子イエス・キリストの神としての御業でないならば、それは完全な贖いの力を持たず、私たちは罪人として神の御前に立つことはできませんし、またもし聖霊が神でないならば、たとい御子イエス・キリストの贖いの御業が完全であったとしても、その恵みにあずかることはできないでしょう。私たちは罪人として自分自身に神を信じる力も、信仰を保ち続ける力も持ってはいないからです。今、私たちがこうして神を信じ、神との交わりに生きることがゆるされているという信仰の現実は、私たちの努力のゆえではなく、徹底的に三位一体の神の恵みによってもたらされたものなのです。だからこそ、この三位一体の神との交わりに生きる私たちの信仰生活の確かさ、救いの確かさを私たちは今日も確信することがゆるされているのです。

 

 



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