祈祷会
ウエストミンスター小教理問答講解3

「聖書はすべて、神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。」(IIテモテ3:16)

(1)神が授けられた基準
 人間の主な目的を問う有名な第1問に続いて、その目的に至る道を教える基準について教えられるのが第2問です。まず問いと答えを見ておきましょう。「問:神は、私たちに神の栄光をあらわし神を喜ぶ道を教えるため、どんな基準を授けていてくださいますか。答:旧新約聖書にある神の御言葉だけが、私たちに神の栄光をあらわし神を喜ぶ道を教える、ただ一つの基準です」。同じ内容を大教理問答の第3問では次のように扱っています。「問:神の言葉とは何ですか。答:旧約と新約の聖書が、神の言葉であり、信仰と従順の唯一の規範です」。ここで教えられていることは、第一に、神の栄光をあらわし永遠に神を喜ぶためには「基準」(rule)が必要であるということ、第二に、その基準は私自身の中にすでにあるのではなく、神が示してくださるということ、第三に、その唯一の基準が「旧新約聖書にある神の御言葉」であるということです。神の栄光をあらわし神を喜ぶ生活は人間の最も人間らしく、最も自由な生き方ですが、そこには「基準」があると小教理は教えます。私たちはとかく基準、ルールがあることは不自由と考えがちです。しかし私たちの神は混乱と混沌に秩序を与えてくださるお方であり、その秩序のもとに生きるときに真の自由を生きることができるのであって、神を信じ、神に従って生きるところに人間本来の姿があることを教えられるのです。
小教理はこの基準を「旧新約聖書にある神の御言葉」だと言っています。しかも神の言葉「だけ」が「ただ一つ」の基準だと念入りに答えてもいるのです。「旧新約聖書にある神の言葉」とは旧新約聖書に神の言葉が「含まれている」ということでも、聖書の一部が神の言葉であるということでもありません。聖書のある部分は神の言葉である部分は人間の言葉ということではないのです。「聖書は全て神の霊感による」というIIテモテ3章16節を証拠聖句に掲げているのもこのためです。むしろここで言わんとすることは、神の基準は聖書以外のものによってでなく、旧新約66巻の聖書によって示されているということです。このことがなぜそこまで強調されるのかを理解するには、小教理問答が念頭に置いている相手を考える必要があるでしょう。それは一方では聖書に加えて伝承や経外典と呼ばれる諸文書に神的権威を与えるローマ・カトリック教会、他方では聖書以外の直接的な霊の啓示を強調する再洗礼派という二つのものが念頭に置かれているのです。特にこの場合重要なのはローマ・カトリックとの関わりです。プロテスタント教会が「聖書のみ」を掲げたのは有名なことですが、これが主張される必要があったのはローマ・カトリック教会が聖書に加えて信仰の聖人たちの言葉や振る舞いについて伝え持ってきた聖伝や、66巻の聖書にいくつかの文書を加えた「経外典」に聖書に準じる権威を与えてきたからです。このような「聖書”と”」を主張するローマ教会に対して、「聖書”のみ”」を主張するプロテスタント教会の流れに立つ小教理問答は、まず最初に聖書の権威を明確にする必要があったのでした。

(2)聖書と聖霊
 次に考えておきたいのは、聖書が神の基準であることがどのようにして分かるかということです。小教理問答はこの点に触れることはしませんが、大教理問答では第4問で次のように教えています。「問:聖書が神の言葉であるということは、どのようにして明らかになりますか。答:聖書はその威厳と純粋さにより、すべての部分の一致と、すべての栄光を神に帰そうとする全体の目標により、罪人に罪を悟らせて回心させ、信者を励まし造り上げて救いに至らせる、それがもつ光と力によって、自らが神の言葉であることを証ししています。しかし、聖書により、聖書とともに、人間の心の内で証しする神の霊のみが、聖書が神の言葉そのものであることを、完全に納得させることがおできになります」。このように私たちが神の栄光をあらわし永遠に神を喜んで生きる道を教える聖書が確かな人生の基準であり規範であることは、聖書自身が証しする神の言葉としての権威、人を救いに至らせ、さらに信仰者を養う御言葉の実際の働き、そしてそれらの何ものにもまして私たちに完全な納得を与えるのは「人の心の内で証しする神の霊」だと言われるのです。
 ここで、これらの教えを踏まえて聖書と聖霊の神との関わりを整理しておきたいと思います。御言葉とともに働いてくださる聖霊の働きは通常、次に三つにまとめられます。第一は聖書の「霊感」(inspiration)、第二は聖書の「証明」(testimony)、そして第三が聖書の「照明」(illumination)ということです。第一の聖霊による霊感とは、聖書が記され、まとめられ、文書化されるあらゆる過程において導きと守りをお与えになる聖霊のお働きを示しています。第二の聖霊による証明が、大教理問答の第4問が明らかにするように、聖書が誤りのない神の言葉であることを私たちに証ししてくださる聖霊のお働きを示しています。そして第三の聖霊による照明とは、私たちがこの書き記された神の言葉である聖書の御言葉を読む時に、私たちの心を照らし、神の御心を明らかに示し、救いに至る信仰を起こしてくださる聖霊のお働きを示しているのです。
 このように小教理問答、大教理問答は、私たちに与えられた神の基準としての聖書の御言葉を受け取り、それを読み、それに信じ、従うそのすべての道筋において聖霊の神が伴っていてくださることを教えます。ですから私たちは日毎に聖書を開く時も、主日の礼拝において御言葉の朗読と説き明かしを聞く時も、いつでもまず聖霊の神の導きを求め、聖霊の照明を求めて祈るのです。祈りの心をもって聖書を読む時、御言葉を開く時、そこで神は私たちに語りかけ、ご自身の御心を明らかに示し、そのようにして私たちがこの生涯において神の栄光をあらわし、神を永遠に喜ぶ道を歩み続けさせてくださるのです。

 

 



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