テモテへの手紙一講解その7   2018/11/18
『神と人との間の仲介者』

Iテモテ2:4-7

 しばらく間が空きましたが、今晩もパウロが愛する弟子テモテに書き送った手紙から、贖い主キリストに仕えて生きる歩みについて教えられてまいりましょう。

(1)神が望んでおられること
 映画「パウロ」が公開されて三週目になります。教会でもご覧になった方もおられると思います。私は試写会で二度観たのですが、地味な映画ながら、後からの余韻とともにじわじわと感動がやって来る、そんな作品だと思っています。客足も好調なようで、渋谷での上映期間も延長されたとのこと、まだの方はぜひご覧くださればとお薦めします。
 この映画はパウロの伝記映画というわけではないのですが、それでもパウロがなぜあれほどまでに福音のために生き抜いたのか、使徒の働きやパウロ書簡から伝わってくるメッセージに、一層の色彩や熱量が帯びてくる感覚を覚えます。そしてそのような感覚の中で今日の御言葉を読むと、その響きがより強く迫って来るのです。例えば7節でパウロはこう言っています。「その証しのために、私は宣教者、使徒、そして信仰と真理を異邦人に教える教師に任命されました。私は真実を言っていて、偽ってはいません」。
 今日の4節から7節は、頭からよりもむしろ後ろから読んだ方が、よくその言わんとするところが伝わってくる箇所かもしれません。パウロが「宣教者、使徒、そして信仰と真理を異邦人に教える教師に任命された」という事実を、彼は非常に強調して「私は真実を言っていて、偽ってはいません」とまで言うのですが、それほどに彼が自分の務めを強調して語るのは、「その証しのために」とあるように、彼の務めの中身、使命こそが重要であるからです。ではその証しの中身とは何か。それを語るのが5節、6節でした。「神は唯一です。神と人との間の仲介者も唯一であり、それは人としてのキリスト・イエスです。キリストは、すべての人の贖いの代価として、ご自分を与えてくださいました。これは、定められた時になされた証しです」。
 そしてパウロは、このようなキリストの贖いの御業が実行されたのは、4節に「神は、すべての人が救われて、真理を知るようになることを望んでおられます」とあるように、神ご自身が望んでおられることだと語っているのです。

(2)神と人との間の仲介者キリスト
 神が望んでおられること。それは「すべての人が救われて、真理を知るようになる」ことでした。そしてそのために神がなさったこと。それが御子イエス・キリストをお遣わしになり、贖いの御業を成し遂げることでした。5節、6節。「神は唯一です。神と人との間の仲介者も唯一であり、それは人としてのキリスト・イエスです。キリストは、すべての人の贖いの代価として、ご自分を与えてくださいました。これは、定められた時になされた証しです」。
 ここでは「唯一」という表現が強調されています。私たちすべての人のために必要な救い主、神と人との間に立つ仲介者は「唯一である」というのです。
 「神は唯一です」とは、旧約の明確な主張です。しかしキリスト教信仰の新しさは、そこに「神と人との仲介者も唯一であり、それは人としてのキリスト・イエスです」との主張が続く点です。しかしこのことは、当時のユダヤ教徒にとっては物議を醸す主張でした。なぜならユダヤ教徒や律法主義者たちにとっては、神と人との仲介者といえばモーセであり、大祭司たちであり、時には天使たちであったからです。まして唯一の仲介者が「人としてのキリスト・イエスです」と言い切られるに至っては、とうてい受け入れられる話ではありませんでした。ユダヤ教徒たちにとっては、イエスが神の子であるとの主張は、神が唯一であるとの主張を侵すものであり、それは偶像礼拝に他ならない。ましてあのナザレのイエスが神と人との仲介者であるとするなどとんでもない話し、ということでしょう。
 しかし、このお方が神と人との唯一の仲介者と信じ告白するのがキリスト教信仰です。そしてその仲介者としての役割を果たすために為されたのが「キリストは、すべての人の贖いの代価として、ご自分を与えてくださいました」という贖いの御業だったのです。
 パウロは「これは、定められた時になされた証しです」と語り、旧約から連綿と続く信仰の歴史が、実は創造の初めからこのキリストお一人に焦点を当てて導かれてきた救済の歴史であることを明らかにするのです

(3)証しへの召し
 この壮大なスケールの救いの計画と、そこに込められた神の願いを見て取ったパウロは   そこから急激にフォーカスを絞り込み、自らの召命について語ります。自分自身の召命についての強烈なまでの自覚の表れです。7節。「その証しのために、私は宣教者、使徒、そして信仰と真理を異邦人に教える教師に任命されました。私は真実を言っていて、偽ってはいません」。パウロは自らの務めを、救いにおけるキリストの唯一性、歴史におけるキリストの中心性をあかしすることと位置づけ、神の歴史におけるご計画の最先端に自らを置くのです。
 このように明確な信仰と召命の理解とは、やはり自らがこの唯一の仲介者であるキリストによって救われた、召されたという原体験に基づいていることは言うまでもありません。そのように過去の十字架を絶えず自らの前に置きつつ、しかし同時に、自らの働きを神の救済の歴史の最前線に位置づけていく、神さまの召しに答えて歩むとは、そのようなものだと教えられます。人生の歩みの途上で、いつも自分の前に主イエス・キリストの十字架を仰ぎ、繰り返し、このキリストの出来事のために自分は召され、その証しのために生かされていると言う事実を確認しながら、それぞれが与えられた証しへの召しに生きる私たち、生き続ける私たちでありたいと願います。

 

 



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