使徒信条講解2
『罪の赦しを信ず』

「神は、ただみこころのままに、私たちをイエス・キリストによってご自分の子にしようと、愛をもってあらかじめ定めておられたのです。それは、神がその愛する方によって私たちに与えてくださった恵みの栄光が、ほめたたえられるためです。私たちは、この御子のうちにあって、御子の血による贖い、すなわち罪の赦しを受けているのです。これは神の豊かな恵みによることです。」エペソ1章5−7節


(1)罪の赦しと教会の交わり
今回は私たちの罪の赦しということについて考えておきたいと思います。使徒信条は、第三項の聖霊についての告白において教会について語り、続いて罪の赦しと身体のよみがえり、永遠の命の希望について語ります。そこでまずこの罪の赦しの告白の位置ということについて考えたいのです。罪の赦しが、公同の教会すなわち聖徒の交わりとの関わりで告白されることは、まことに相応しいことと言わなければなりません。事実、教会とは「罪赦された者の集まり」、「罪赦された罪人の集まり」であるからです。
 この点は、教会の中心にある二つの礼典、すなわち洗礼と聖餐との関わりでも考えることができます。マルコ福音書の冒頭に記される洗礼者ヨハネの宣教活動が「罪が赦されるための悔い改めのバプテスマ」(マルコ1:4)を中心としたものであったこと、そして何よりも主イエス・キリストの福音の中心が罪の赦しにあったことを受けて、古代教会においては、罪の赦しは洗礼の礼典と結びついて受け取られてきました。古代の洗礼信条の中には「我は罪の赦しの洗礼を信ず」と告白するものがあることからもこのことがわかります。今日のエペソ書が記すように、父なる神の、私たちを神の子とするための恵みの選びに基づいて、御子イエス・キリストの贖いの御業によって罪の赦しが与えられ、聖霊なる神がこの赦しの確かさを証ししてくださる。この三位一体の神の大いなる救いの御業の中心に、私たちの罪の赦しが位置づけられているのです。
 また聖徒の交わりが主の食卓を中心とした聖餐の交わりであることも、罪の赦しと深く関わっています。教会が罪赦された者の集まりであることは、聖餐の交わりにおいて、その姿を最も鮮やかに映し出すのです。それは主イエス・キリストの十字架によって赦された私たちの、互いの赦しという側面です。互いに赦し合う交わりがなければ、私たちが一つのパンと一つの杯を通して主イエスの御身体にあずかる交わりは成り立ち得ません。その意味で、主の晩餐が祝われているところには、罪の赦しの共同体があると言うことができるのです。

(2)罪の赦しと身体のよみがえり
さらに、罪の赦しの告白は続く身体のよみがえりの告白とも深く結びついています。両者の関係はいわば私たち神の子とされた者たちの「今」と「これから」の関係ということができるのです。ここでもハイデルベルク信仰問答に聞いておきたいと思います。「第56問:罪のゆるしについて、あなたは何を信じていますか。答:神が、キリストの償いのゆえに、わたしのすべての罪と、さらにわたしが生涯戦わなければならない罪深い性質をも、もはや覚えようとはなさらず、それどころか、恵みにより、キリストの義をわたしに与えて、わたしがもはや決して裁きにあうことのないようにしてくださるということです」。ここで私たちの今については「神が、キリストの償いのゆえに、わたしのすべての罪と、さらにわたしが生涯戦わなければならない罪深い性質をも、もはや覚えようとはなさらず・・・」と述べられます。ここには私たちの罪とその罪の結果として生じる汚れ、腐敗、咎、私たちの身体に染み着いてしまっている罪の性質とのいずれもが、ただ一回きりのキリストの償い、すなわち十字架の贖いの御業によってもはや父なる神の御前に覚えられることがない、と教えられているのです。
 罪とその汚れは私たちを日々苦しめる連続的なものです。そしてその時々に私たちは罪に対する小さな敗北を繰り返しているのです。しかし「私たちはこの御子のうちにあって、御子の血による贖い、すなわち罪の赦しを受けているのです」とあるように、その私たちの過去の罪も、現在の罪も、一回のキリストの贖いの確かさのゆえに赦されている。これが私たちに与えられている罪の赦しの「いま」の意味であるのです。父なる神は御子イエス・キリストの十字架によってもはや私たちの罪は完全に償われたとし、私たちを二度と再び罪に定めることをなさらないのです。私たちに与えられているこの罪の赦しの確かさを覚えたいと思います。
 さらにハイデルベルクは続けます。「それどころか、恵みにより、キリストの義をわたしに与えて、わたしがもはや決して裁きにあうことのないようにしてくださる、ということです」。ここに記されるのは罪の赦しの「これから」についてです。今、私の罪の解決が与えられているだけでなく、「わたしがもはや決して裁きにあうことのないようにしてくださる」という神の御業が告白されているのです。この全き勝利の告白、これがこの後に続く身体のよみがえりの希望なのです。罪と死の解決は赦しとよみがえりにおいて全うされる。この恵みを覚えて共に、「罪の赦しを信ず」と告白させていただきたいと願います。




日本同盟基督教団 徳丸町キリスト教会
〒175−0083
東京都板橋区徳丸6−24−10
TEL 03−3935−3405
FAX 03−3935−3445

メールでのお問い合わせ
管理人


Copyritht ©The Evangelical Alliance Mission Tokumarucho Christ Church All Rights Reserved.