夕拝(主の祈り講解3) 2003/06/01
『天におられる父』

マタイ6:9,ヨハネ3:11-15

今晩は、主の祈りの冒頭にある呼びかけの言葉、「天にまします、我らの父よ」から、特に天にあり、そして我らの父である神について学んでおきたいと思います。

(1)天におられる父
前回、私たちは神を「アバ、父」と呼ぶことの出来る祈りの新しさと神の子としての幸いについて学びましたが、今晩はこの呼びかけの言葉になお集中したいと思います。ルカ福音書のテキストでは単純に「父よ」と呼びかけられるのに対して、マタイのテキストでは「天におられる、私たちの」という言葉が加えられます。「天」という言葉は新約聖書の中で数多く用いられていますが、特に集中して用いられるのがマタイ福音書です。マタイが表現する天とは神の御住まい、また神の領域であり、その主権や力の満ち溢れるところであり、神の支配の全体を表す表現でもあります。父なる神は、この天におられると言う時、そこでは神のいと高きこと、その力ある権能と把握し得ない偉大さとが言い表されていると言えるでしょう。
 さらにこのことについて、宗教改革者カルヴァンが記したジュネーヴ教会信仰問答の中で次のように言っています。「第265問:神が『天にいます』と付け加えられている、この言葉をもって呼ぶのは何のためですか。答:私たちが神を呼び求める時、それは私たちの心のもろもろの思いを高く挙げることを学ぶためであり、神について何ら肉的、地上的な思いを持つことなく、また自分たちの好みによって神を測ることなく、自分たちの意志に神を従わせることもなく、神の栄えある尊厳を、謙遜に崇めるためです。神は一切の支配者にして主でいますから、この呼びかけは神に一層信頼を置くことを、私たちに教えているのです」。このように、私たちの信じる神は、私たちをしてご自身を「アバ、父」と親しく呼ぶことをゆるして下さるお方でありますが、しかしそのことは、私たちが神を自分のわがままに振り回し、自分の利益のために手の中に収めることのできるような存在ではないことを教えています。もし私たちが神を自分の自己実現の手段のように考えたり、万能で便利な道具のような存在として考えているとしたら、そしてそのようにして自分の都合の良い存在として神を呼んでいるとしたら、それは偶像礼拝への落とし穴であることを思い起こすべきです。神はどこまでも神であり、人はどこまでも人である。その隔たりを人間の側から踏み越えていくことは決してできません。このことを私たちは「天にまします」と祈ることをもって繰り返し繰り返し確認させられる必要があるのです。

(2)われらの父
しかし神を神として崇める時、その天におられる神は、真の意味で私の父、そして私たちの父としてのお姿を鮮やかに示して下さいます。いと高く、力ある、そして私たちには把握し得ない全能の神が、同時にその地点において私たちの父としての慈しみと恵みの御手をもって臨んでくださる。この神の謙りの極みとして与えられたのが人となられた神の御子イエス・キリストなのです。ヨハネ福音書において、天から下ったただお一人の御子が神を証ししたと語られている通りです。このように父なる神は私たちを愛して、ご自身の子にしようと、御子を遣わしてくださったのです。そして御子イエス・キリストは、ご自身の父である方を私たちに示し、このイエス・キリストの父なる神を「我らの父よ」と呼ぶことのできる驚くべき恵みの身分、すなわち神の子としての身分に与らせてくださいました。この消息はパウロがエペソ書1章において明らかにしています。
最後に、私たちがこのイエス・キリストにあって父なる神を「天にいます私たちの父よ」と呼ぶことの意味についても考えておきたいと思います。カルヴァンはジュネーヴ教会信仰問答で次のように言います。「第263問:なぜあなたは、神を私の父と呼ばないで、我らの父と呼ぶのですか。答:信仰者はおのおの、確かに個人的に神を私の父と呼ぶことができます。しかしこの祈りの中で、イエス・キリストは祈りにおいて我々が隣人に対して愛を及ぼすべきであり、単に自分のことだけ心配し、他の人を忘れることがないために、共同で祈ることを教えておられるのです」。このようにこの祈りは天におられる父なる神に向かって主イエスが私たちを一つとするために教えてくださった祈りでもあるのであって、私たちが心を合わせ、心を合わせてこの祈りを繰り返し祈る意義は、神を愛し、隣人を愛するあの主の教えの根源的な営みといえるのです。
 時に信仰者は孤独を経験することがあります。しかし孤独の中で祈る時にも、私たちは主の祈りを祈ることにおいて孤立することはない。祈りにおける愛の連帯がそこにはあるのです。また時に祈りは孤独を求めます。密室の祈りをささげつつ、しかしそこで私たちたちは主にある聖徒たちとともに「われらの父よ」と確かに祈っているのです。そのような祈りを生み出すのは、何よりも私とともにつねにいましたもうインマヌエルの主イエス・キリストの御霊が、私とともに祈って「我らの父よ」と取りなし祈っていてくださるからに他ならないのです。


 




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