東日本大震災から七年を覚えての夕拝説教    2018/03/11
『主による復興』

詩篇126:1-6

 今日、3月11日で、あの東日本大震災から七年になりました。警察庁が3月10日に発表した3月9日現在の死者は1万5895人、行方不明者は2539人、復興庁が発表した震災関連死者数は3647人、避難者数は2月13日現在で7万3349人。ただの数字の羅列とみればそれまでですが、そこにある一人一人の人生、家族や社会との関わりを想像することが、この日を覚えるということの大事な意味の一つと思います。そのような思いをもって、今晩の礼拝を主にささげてまいりましょう。

(1)帰れない人々、取り残される現実
 東日本大震災のあった2011年以来、毎年3月11日に近い日曜日に「東日本大震災を覚える」ということをしてきました。2015年までは世田谷中央教会を会場にして開かれてきた、教団震災復興支援本部主催の集いに参加してきましたが、教団の復興支援が一区切りを迎えた後は、夕拝を震災を覚える礼拝として捧げ続けています。
 冒頭でも触れたように、2月の復興庁のまとめでは、今も避難生活を続けている方の人数は7万3349人とのことです。昨年のこの時期の避難者数が約12万3000人でしたので、5万人近くの方々が避難生活を終えたということになるのですが、数字や統計というのは難しいもので、なかなかその現実を映し出すことができない限界を持っています。復興庁がまとめる統計は、それぞれの自治体が管理する避難者ですが、これ以外にも、特に福島では原発事故の影響を避けるために自主避難している人々がいます。また公的な避難者支援が打ち切られたために避難者数に入らなくなった人々もいます。そういう人々を入れると今も8万人以上の方々が、自分たちの元の生活には戻れないままでいることがわかります。
 もちろん避難者の数が減るのはよいことですが、問題はその中で帰る場所がなく、取り残されていく人々の存在です。各地の避難所はどんどん統合、閉鎖が続いています。統計上、避難者ゼロ、避難所ゼロを目指すというのが、行政の言う「復興」の一つの目標となっていますが、数字上ゼロにするために、あちらとこちらの避難所を統合する、人々を移動させるということが起こる。そうするとあちらこちらの仮設に空き家ができる。空き家の増えた仮設住宅は人気も無くなり、雰囲気がなんとなく荒んでくる。そしていよいよ取り壊しが始まっていくと、ますます取り残されていく人々の孤立感、絶望感が増していく。帰りたくても帰れない。帰る先がない。帰る気力もない。先の展望が描けない。希望を持ち得ない。明日に向けて立ち上がり、動き出す力がでない。そういう人ほどどんどん取り残されていくという、やりきれない現実があるということを痛感します。
 「復興」という言葉は再び興されるということですが、神戸でも東北でも、そして熊本でも、「復興」といった時、最初に手が着けられるのは目に見える様々な建物、道路、水道、ガス、電話やネットと言ったインフラなど、もちろんそれらも人間のためのものなのですが、しかし一番大切な人間の復興が、一番難しく、また結果的に一番後回しになってしまっているという現実がある。震災から七年を過ごして、いま感じる実感です。

(2)都上りの歌、帰還の歌
 震災から七年という、決して短くはない月日が経った今年、この礼拝で語るべき御言葉は何だろうかとずいぶんと悩みました。これまではかなり早い段階で決めてきたのですが、今年は時間がかかりました。自分の中で、七年という月日が、震災のことを考えるのを難しくさせている、自分の中にも時間の隔たり、意識の隔たりが進んでいるという事実を認めざるを得ませんでした。
 そのような中で今晩、詩篇126篇が開かれています。1節から6節を読みます。「主がシオンの繁栄を元どおりにされたとき、私たちは夢を見ている者のようであった。そのとき、私たちの口は笑いで満たされ、私たちの舌は喜びの叫びで満たされた。そのとき、国々の間で、人々は言った。『主は彼らのために大いなることをなされた。』主は私たちのために大いなることをなされ、私たちは喜んだ。主よ。ネゲブの流れのように、私たちの繁栄を元どおりにしてください。涙とともに種を蒔く者は、喜び叫びながら刈り取ろう。種入れをかかえ、泣きながら出て行く者は、束をかかえ、喜び叫びながら帰って来る」。
 この詩篇には「都上りの歌」と表題がついていますが、巡礼の歌というよりも、ふるさとに帰り着く帰還の歌と呼ぶのがふさわしいものでしょう。しかもこの帰還はただの里帰りではない、あのバビロン捕囚からの帰還でした。1節を巡る新改訳の訳語の変遷がこのあたりのことをよく映し出しています。第二版では「主がシオンの捕らわれ人を帰されたとき、私たちは夢を見ている者のようであった」。第三版では「主がシオンの繁栄を元どおりにされたとき、私たちは夢を見ている者のようであった」。そして今回の新改訳2017はこうです。「主がシオンを復興してくださったとき、私たちは夢を見ている者のようであった」。
 震災と捕囚の経験を安易に重ね合わせたり、類比として語ったりすることには慎重でありたいと思います。けれどもその上で、震災から七年を経て今なお大きな困難の只中にある被災地を覚えるとき、「主がシオンを復興してくださったとき、私たちは夢を見ている者のようであった」という言葉に希望を据えたいと思うのです。確かに目に見える被災地の復興も決して容易ではありません。大事故を引き起こした福島第一原発は、今なお事故の状況の全貌すら誰も知り得ない。そもそも今でも近づけばすぐに人が死ぬほどの放射線を放ち続けていて、冷やし続け封じ込めるしか方法がない。廃炉作業に入るための行く段階も手前の作業が続いているという現状です。津波で大きな被害を受けた岩手や宮城の沿岸地は、分厚いコンクリートの防潮堤がそびえ立ち、山を削った土で嵩上げされた上に新しい町作りが始まっていますが、長く漁業で暮らして来た人々には、そのような町の変化についていけないものを感じている人が少なくないと聞きます。誰もが復興を願うのに、それぞれが抱く復興のイメージが重なり合わないことの悲劇がそこには表れています。これらは20年以上の時を経た神戸でも言えることであり、また今後復興の途を進む熊本でも言えることでしょう。
 それでも私たちは、主にあって「夢を見ている者」として、「私たちの口は笑いで満たされ、私たちの舌は喜びの叫びで満たされた」と言える時を信じ、待ち望みたい。そして「そのとき、国々の間で、人々は言った。『主は彼らのために大いなることをなされた。』主は私たちのために大いなることをなされ、私たちは喜んだ」とあるように、まことに主なる神による復興が、現実となることを祈り、信じ、待ちつつ速めたいと願うのです。
 
(3)主による復興
 昨日、今日と東北の各地では、震災被災者の方々、亡くなった方、行方不明の方、その家族のための様々な追悼、慰霊の催しが続いています。先日の福岡の集いでご一緒した宮城県多賀城市の大友先生と話していたら、キリスト教会の主催する記念の催しの年々地域の方々の参加者が増えていると言われました。理由を尋ねると、地域の皆さんが「教会の集まりがいい。他の集まりはかたちばっかりで、希望も慰めもない。教会の集まりにいくと、なぜかしら力が沸いてくる」と言われたというのです。
 地方の、福音がなかなか届けられず、堅く閉じていた地域に、主の福音が届きはじめている。そのために今日の奮闘している教会があり、伝道者たちがあり、信徒たちがあり、彼の地に移り住んで支援の働きを続けている働き人たちがある。人知れず涙とともに奮闘している主にある同労者と、同じしもべ仲間として、助けている人を助ける者にならせていただきたいと思います。
 「主よ。ネゲブの流れのように、私たちの繁栄を元どおりにしてください。涙とともに種を蒔く者は、喜び叫びながら刈り取ろう。種入れをかかえ、泣きながら出て行く者は、束をかかえ、喜び叫びながら帰って来る」。主はかならずこの傷んだ地をあわれみ、そこに生きる一人一人をいつくしんでくださり、支えてくださり、復興させてくださると信じます。私たちの願う復興は、主による復興です。私たちのために死んで葬られ、よみにくだり、死人のうちより三日目によみがえってくださった、神の御子、ただひとりの救い主なるイエス・キリストによる復興です。その成し遂げられることを信じ、そのための手足として用いていただける私たちにならせていただきたいと切に願うのです。



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