祈祷会 2012/05/23
聖書の概説 その25
 
「エゼキエル書」という書物
 今回は、旧約の「預言書」の四番目、イザヤ、エレミヤと並ぶ三大預言書の一つであるエゼキエル書を取り上げます。本書の時代背景はエレミヤ書とほぼ重なっており、バビロンによる南ユダ滅亡とエルサレム陥落の後、捕囚の民としてバビロンに捕らえ移されたところでエゼキエルは預言者としての召命を受けたのでした(1:1〜3)。エゼキエルは捕囚の民の一人としてバビロンで預言活動を行い、エレミヤや自らが預言した捕囚からの解放とエルサレムへの帰還を待たずしてバビロンの地でその生涯を終えたと考えられています。
 エゼキエルの預言者活動は、イスラエルの民に祖国の滅亡の原因が自らの罪に対する神の裁きであることを明らかにするものでしたが、それと同時にやがて捕囚の民の中に主なる神が置かれた「残りの民」によって新しい都が再建されるという希望を語るものでもあり、しかもエゼキエルの預言が彼自身の見せられた幻や特別な霊的な経験によるものでもあることから、しばしば黙示文学の類型の中に区分される特色ある書物となっています。

エゼキエル書の内容と特色
 エゼキエル書は全体で48章からなる大部な書物ですが、その構造は時間の推移によっており、文学的な構成も理路整然としていて、全体的に調和と統一のとれた書物と言われています。ここでは全体を大きく三つに区分しておきたいと思います。
 第一の区分は1章から3章までで、ここではエゼキエルの預言者としての召命の出来事が入念に描かれます。後にも触れますが、エゼキエルが主なる神から受けるメッセージは言葉だけでなく出来事や幻を通してのものであることが多く、エゼキエルは彼の人生全体を通して神からの預言を受け取り、その生涯そのものが神からのメッセージとして用いられた特異な存在であったと言えるでしょう。第二の区分は4章から32章までで、ここでは神の裁きのメッセージが記されます。4章から24章にかけてはユダ王国と都エルサレムに対する神の審判の預言が語られ、続く25章から32章にかけてはアモン、モアブ、エドム、ペリシテなどの近隣周辺諸国、またツロとシドンに代表されるフェニキヤやエジプトに対する神の裁きの預言が語られていきます。第三の区分は33章から48章までで、ここでは裁きのメッセージから一転して、イスラエルの回復と新しい都エルサレムの再建の預言が、希望に溢れた幻のイメージによって記されていきます。特に圧巻なのは40章から48章においてエゼキエルが主に導かれて見せられた新しい都とそこに建つ神殿の幻です。そこでエゼキエルは新しい都の姿を実に克明に記録していますが、それは捕囚からの解放とエルサレムの再建という歴史上の出来事のみならず、やがて来る終末における神の国の完成の姿を先取りしたものであり、それはヨハネ黙示録の終わりにおいてヨハネが見た御国の完成の姿に通じるものとも言えるのです。
 
エゼキエル書の主題(主はここにおられる)
 エゼキエル書の主題を、結びの48章35節の「主はここにおられる」としたいと思います。エゼキエルが見させられた新しい都に付けられた名、それがこの希望に満ちた約束の言葉でした。祖国の滅亡と都の崩壊の最中にあって主が見せてくださった希望の幻。それはまさに「神ご自身が彼らとともに」(黙21:1〜4)という神の国の完成の姿なのです。

 



日本同盟基督教団 徳丸町キリスト教会
〒175−0083
東京都板橋区徳丸6−24−10
TEL 03−3935−3405
FAX 03−3935−3445

メールでのお問い合わせ
管理人


Copyritht ©The Evangelical Alliance Mission Tokumarucho Christ Church All Rights Reserved.