シリーズ幸いに生きる04 2013/08/18
『柔和な者への祝福』

マタイ5:5

 8月も半ばを折り返し、夏の後半へと進んでいきます。この朝も主が愛する皆さんお一人一人をかけがえのない存在として愛し、祝福を与えようとこの場に招いてくださいました。私たちも主の祝福に大いに期待して、手を広げ、主の与えてくださる恵みを一杯に受け取って新しく歩み出してまいりたいと願います。皆さんの上に、主の豊かな祝福がありますように祈ります。
 
(1)「柔和な者」とは誰か
 山上の説教において主イエス・キリストがお語りくださった祝福の言葉を一つ一つ取り上げていますが、今日はその三つ目の祝福の言葉です。5節。「柔和な者は幸いです。その人たちは地を受け継ぐから」。この言葉、三つ目の祝福と申し上げましたが、実際には色々と議論のあるところです。まず山上の説教としばしば並行していると言われるルカ福音書6章のいわゆる平地の説教にはこれに対応する言葉がないこと、後でも触れるようにこの言葉が旧約聖書の詩篇37篇11節の「貧しい人は地を受け継ごう」の引用と考えられること、ここで「柔和な」と訳されている言葉の意味を辿っていくと、旧約聖書では「貧しい」という意味の言葉に行き着くこと。これらのことから、この5節はもともとは独立した祝福の言葉ではなく、3節の「心の貧しい者は幸い」を説き明かす補足説明、注釈のような言葉ではなかったかと考えたり、またそこから本来、この八つの幸いの言葉は、完全数である七つの幸いの教えではなかったかと考えられたりもしているのです。しかしやはり私たちはこの朝、マタイの福音書に記されたこの祝福の言葉に留まって、その言葉に込められた大切な意味をしっかりと受け取っておきたいと思います。
 「幸いだ、柔和なあなたたちは」、「祝福された人だ、柔和な人々は」と主イエスは言われます。ここであらためて「柔和な」という言葉の意味を辿ってみましょう。新改訳聖書の欄外中にはこの言葉の別訳として「あるいは『へりくだった者』」とあります。新約聖書の言葉の元来の意味としては「友好的」、「寛容」という意味があり、そこから「暴力を放棄した姿」や「権力なき人々の姿」を表してもいたと言われます。今の私たちの時代の空気を見るときに実に含蓄ある言葉です。さらにこの言葉の意味を旧約聖書にまで遡って辿ると、先ほど触れた詩篇37篇にあるように、「貧しい」という意味を持ち、さらには「謙遜」という意味も持っていたと言われます。ちなみに旧約聖書はヘブライ語とアラム語という言葉で記され、新約聖書はギリシャ語で書かれていますので、これらは同じ言葉ではないのですが、紀元前3世紀から1世紀にかけて北アフリカのアレキサンドリアを中心とした地域で旧約聖書のギリシャ語訳が作られました。この時に七十人、あるいは七十二人の学者たちが訳したというので「七十人訳聖書」と呼ばれるのですが、この七十人訳聖書が、ヘブル語の「貧しい」、「謙遜」という言葉の訳語として選んだギリシャ語が、新約で「柔和」と訳される言葉だったのです。
 このことを踏まえて、旧約聖書の用例で一つだけ注目したいのが民数記12章3節です。「モーセという人は、地上のだれにもまさって非常に謙遜であった」。ここで「謙遜」と訳されているのが先の詩篇37篇の「貧しい」という言葉、そしてそのギリシャ語訳が、今日の「柔和」という言葉です。つまり「柔和な者」とは誰か、と言うことを考えるときにそのモデルとして旧約のモーセに辿り着くというわけです。
 さらに新約聖書においてはどうか。主イエスが「柔和な者は幸い」と言われるとき、そこでのモデルはいったい誰なのでしょうか。そこで今度は新約聖書で「柔和」という言葉の用例を拾ってみると、同じマタイ福音書の二つの言葉が浮かんできます。一つはマタイ福音書11章29節、「わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい」。そして今一つは21章5節です。「見よ。あなたの王があなたのところに来られる。柔和で、ろばの背に乗って、それも、荷物を運ぶろばの子に乗って」。この二つの御言葉が指し示すモデル、それは主イエスご自身の姿です。つまり「柔和な者は幸い」と主イエスが言われるとき、そこでは旧約のモーセのような人、そして何よりも主イエスご自身がモデルとして私たちの前に示されているのです。

(2)主への信頼に生きる人
 そこであらためて考えてみたいのですが、柔和な人というのとモーセの姿そして主イエスのお姿は果たして重なり合うでしょうか。例えばモーセはどうでしょう。彼は若いときには同胞イスラエル人がエジプト人に打ち叩かれているのを見てエジプト人を殺した過去があります。その一方でイスラエルの指導者になるにあたっては、自分は言葉の人ではないと躊躇います。しかしまたその反面、時にはイスラエル人のわがままさに怒りを露わにし、杖で岩を打ち叩いたり、契約の二枚の石の板を地に叩きつけて割ってしまうという激しさも持ち合わせていた人です。なかなか「柔和」というイメージと結びついて来ません。 ならば主イエスはどうでしょうか。もちろん主イエスこそ柔和な方だと言えるでしょうが、それでも例えばエルサレム神殿の内庭で商売人たちに怒鳴りつけ、その台を蹴散らす姿などを見ると、やはりイエス様も意外と短気だったのでは、などと考えてしまいます。そう考えてみるとここでの「柔和」というのは単に性格が穏やかとかやさしい、ということでなさそうです。
 モーセは主なる神が約束されたカナンの地を目指して実に四十年もの長きにわたりイスラエルの民を率いて荒野を旅しました。彼はその間、民のリーダーとして立てられていましたが、決して自分のために権力を振るおうとしたり、民の上に君臨して人々を意のままに操ろうなどとは考えていませんでした。むしろ民の嘆きを聴き、相談に乗り、トラブルを解決し、不平不満に忍耐しながら、ひたすら約束の地を目指してこの大勢の民を何とかそこに辿り着かせるために仕えた人です。主イエスもまた、主の御名が冒涜されることには怒りを露わになさいましたが、ご自分が十字架に向かう道筋においては、私たちの身代わりとなってその苦しみの全てをその身に引き受けてくださり、その間、いささかもご自分に敵する者たちに力で抵抗なさったり、御自身の力を敵を滅ぼすために振るうことを一切なさいませんでした。それは天の御国の支配が力と権勢による支配とはまったく異なるものであることを示すためでもあったのです。
 つまり主イエスがここで「幸いな人」と呼ばれた柔和な人、モーセのような、そして主イエスのようなとさえ譬えられる人とは、主に信頼するがゆえに、自らの力に訴えることをせず、謙遜になって人に仕えることのできる柔らかい姿を示していると言えるでしょう。ある辞書でこの言葉を調べていましたら、「自分の力を放棄して、隣人のために奉仕する勇気」と、実に辞書らしからぬ表現が使われていて感動しました。そうやって自分の力や権力に固執せず、それを自ら手放して、隣人のためになら進んで膝を折り、実を低くして、時には地にひれ伏すようにしてさえ仕えることのできるあり方。「謙遜」と言ってしまえば一言ですが、それほどのしなやかで柔らかい有り様を、主イエスはここで祝福していてくださるのです。 

(3)地を受け継ぐ幸い
 主イエスはこのような柔和な人々への祝福として、「その人たちは地を受け継ぐから」と言われました。この5節を先の3節との結びつきで読むと、実に印象深いものがあります。「心の貧しい者」には「天の御国」が、そして「柔和な者」には「地」が与えられるというのです。主なる神のくださる祝福はただ「天」のことだけではない。「いまだ」のこと、「先」のことばかりではない。主なる神のくださる祝福は「地上」のことでもあり、「すでに」のこと、「今」のことでもあるのです。旧約聖書において地はまさに主なる神の祝福のしるしであり、地を相続することは主なる神の契約の成就でした。それは新約の時代を生きる私たちとっても実に重要なことです。主なる神の祝福は私たちに「地を受け継がせる」ものでもあるのです。それは教理の言葉でいえば「終末論的」でありつつ「現在的」なことであり、神の造られたこの世界に関わること、被造物性の問題でもあるのです。さらにまたドイツの神学者アイヒホルツは、ここで主イエスが言われた「地」は、続く5章13節の「あなたがたは地の塩です」の「地」に結びつくと言いました。まさに私たちが生きるこの地に、柔和な人々への神の祝福が籠められているのであり、その祝福に与って生きることが祝福された者のこの地上における生き方なのです。
 今、私たちの国はまさに「地」の問題に激しく揺れ動いています。お隣の中国、韓国との間では尖閣諸島、竹島を巡る領土問題が吹き出して、これを足がかりに集団的自衛権の行使に突き進み、やがては国防軍設置まで考えようというのが今の政権の姿勢です。その一方で、長年ロシアとの間では北方四島の問題があります。沖縄の基地問題も突き詰めれば領土問題であり、また今まさに喪われつつあるフクシマの地も大事な地に関する問題です。8月15日の敗戦記念日、首相の戦没者追悼式典での式辞から過去のアジアへの侵略を反省する言葉が消えました。しかし歴史家が明らかにするとことは、日本の中国大陸進出に端を発する十五年戦争、太平洋戦争は明らかに領土拡張を狙った侵略戦争であったという事実です。今、私たちの国では「地」の問題は祝福どころか敵意と争いと不安の的になってしまっているのです。
 このところ、足尾銅山鉱毒事件で知られる田中正造についていくつかの本を読み進めています。ちょうど今年が田中没後100年という記念の年ということもあって関連の出版が続いています。特に東日本大震災と原発事故以来、あらためて田中の思想に注目が寄せられているということもあるでしょう。数週間前の週報に記した言葉で、田中の代表的な言葉に「真の文明は、山を荒らさず、川を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし」というものがあります。まさに彼は渡良瀬川流域の人々とともに、とりわけ谷中村という地にこだわり続け、その地を受け継ぎ、受け継がせて行くべく戦った人でした。私は田中正造の生き様や思想を読みながら、今日の御言葉との深い結びつきを意識せざるを得ませんでした。モーセの姿、主イエスのお姿とともに、地を受け継ぐ柔和な人の姿をこの人物の中に見るのです。良く知られたエピソードですが、田中正造が倒れた時に手にしていた全財産は、信玄袋たった一つ。その中身と言えば書きかけの原稿と鼻紙、川海苔、小石三個、日記三冊、そして新約聖書と、帝国憲法とマタイ伝を綴り合わせた自家製の合本だけだったと言います。私は田中が新約聖書とともに、このマタイ伝を肌身離さず持ち歩いていたということの中に、彼がこの山上の説教の言葉に聴き、そしてその言葉に生きたのではないかという思いを強くしています。
 聖書は私たちキリストにある者たちを指して、「地上では旅人、寄留者」と呼びます。地に結びつくことなく、天の故郷に憧れて、御国を目指して生きる者です。この地のことに捕らわれて、それを巡って敵対したり、力をふるったり、地を所有するためなら争いも辞さないというような生き方から解放された者です。けれどもそれはこの地に対して無責任であったり、地のことに無関心であるような傍観者であることを意味してはいません。天の御国の民とされているからこそ、この地を受け継ぐ者として、この地の重荷を担い、そのためにはかつてモーセが生きたように、そして何よりも主イエス・キリスト御自身が私たちのためにしてくださったように、自分の力や権力に固執せず、それを自ら手放して、隣人のためになら進んで膝を折り、実を低くして、時には地にひれ伏すようにしてさえ仕えることのできる、そのようなしなやかで柔らかい生き方を主イエスご自身から与えられて生きる者とさせていただきたいと願います。そこにこそ「柔和な者は幸いです。その人たちは地を受け継ぐから」と言われた主イエスの祝福がもたらされると信じます。

 



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