ルツ記講解その8   2018/05/06
『主は生きておられる』

ルツ3:6-13

 今晩はルツ記3章、この物語の大きな山場とも言うべき場面をご一緒に味わってまいります。生きておられる主の御前に、互いに誠実に生きようとするボアズとルツの姿から、主なる神さまの真実さを受け取ってまいりましょう。

(1)積極的に動くルツ
 大麦の収穫を終えた夕べ、ボアズの寝床に入っていくようにとのナオミの勧めに「私におっしゃることはみないたします」と答え、文字通り積極的に動くルツの姿が続いて描かれます。6節から9節。「こうして、彼女は打ち場に下って行って、しゅうとめが命じたすべてのことをした。ボアズは飲み食いして、気持ちがよくなると、積み重ねてある麦の端に行って寝た。それで、彼女はこっそり行って、ボアズの足のところをまくって、そこに寝た。夜中になって、その人はびっくりして起き直った。なんと、ひとりの女が、自分の足のところに寝ているではないか。彼は言った。『あなたはだれか。』彼女は答えた。『私はあなたのはしためルツです。あなたのおおいを広げて、このはしためをおおってください。あなたは買い戻しの権利のある親類ですから』」。
 ここを読むと思い出す苦い経験があります。まだ神学校卒業したてて独身の頃、教会の中学生のクラスでメッセージの担当箇所となったのがこの箇所でした。土曜日から39度近い熱を出して、日曜の朝になっても収まらず、そのまま教会に行くことになったのですが、高熱のせいもあってかその日のメッセージが大暴走してしまい、後で同じクラスを担当していた牧師夫人から「先生、今日のお話はいけんわ」とダメ出しされてしまったのでした。事実、このルツ記の書き方そのものが会話体でこの場面を描写するので、そのままをかなり力を込めて読み上げただけのつもりだったのですが。要するに、ここはルツがボアズの寝床に押しかけ、自分を妻に迎え入れてくれるようにと積極的にアプローチするという場面なのです。
 しかしこの場面をただ興味本位に読むことは相応しくありません。またルツをただ積極的な女性とだけ見るのも相応しくないでしょう。当時の社会状況において、寡婦として生きていくことの困難さは私たちにはなかなか想像できないことであったと思われますし、再婚できるかどうかは、今後の生活が成り立っていくか否かを決める死活問題でした。またルツはただ自分一人の幸せを願って行動しているのではなく、後ほど取り扱うことになる「買い戻しの権利」を強く意識しており、亡き夫の両親であるナオミとエリメレクの血筋を絶やさないこと、そこに大きな責任と使命を感じてのここでの振る舞いであることは見落とされてならない大事なポイントです。

(2)ボアズの誠実さ
 そのようなルツの心を、誰よりもよく受けとめていたのがほかならぬボアズであることが、続く10節、11節から伝わってきます。「するとボアズは言った。『娘さん。主があなたを祝福されるように。あなたのあとから真実は、先の真実にまさっています。あなたは貧しい者でも、富む者でも、若い男たちのあとを追わなかったからです。さあ、娘さん。恐れてはいけません。あなたの望むことはみな、してあげましょう。この町の人々はみな、あなたがしっかりした女性であることを知っているからです』」。
 一日の大麦の収穫を終えて疲れ果て、夕食を食べ、ブドウ酒も飲んですっかり気分良く休んでいたボアズです。夜中に何やら気配を感じて起き上がると、自分の足元にルツが横になっている。彼の驚きようは先に見た通りですが、しかしその後の彼の言動は実に誠実かつ理性的で紳士的です。先日、有名なタレントがお酒を飲んで未成年の女性にわいせつ行為を働いて書類送検されたことが大きなニュースになりましたが、そういう出来事と比べてみると一層、ボアズの落ち着いた対応が目に留まります。古くからこの時のボアズの年齢が幾つであったかが議論されたようですが、ユダヤ人の間では80歳前後であっただろうというのが定説となっているそうです。そう思えばボアズの分別ある落ち着いた姿も納得がいくとも思えますが、しかし年齢だけでは計れない人間の欲望と罪深さがあるのも事実ですから、やはりここにはボアズの主なる神とルツに対する誠実さが強く印象付けられるところです。そしてこの誠実さは、ルツの誠実さと呼応し合っているのです。ボアズはルツに「あなたのあとから真実は、先の真実にまさっています。あなたは貧しい者でも、富む者でも、若い男たちのあとを追わなかったからです」と言います。「先の真実」とはやもめになってもしゅうとめナオミを離れなかった姿、「あとからの真実」とは、若い男との再婚を急がず、しゅうとめナオミとともに生きることを選び取った姿を指しています。そういうルツだからこそ、ボアズの誠実さと互いに反応し合うことになったのでしょう。

(3)主は生きておられる
 こうしてボアズはルツに対する敬いと節度を保ちつつ、しかも彼女の求婚の意思をキチンと受けとめて、今後の事の進め方を語ります。12節、13節。「ところで、確かに私は買い戻しの権利のある親類です。しかし、私よりももっと近い買い戻しの権利のある親戚がおります。今晩はここで過ごしなさい。朝になって、もしその人があなたに親類の役目を果たすなら、けっこうです。その人に親類の役目を果たさせなさい。しかし、もしその人があなたに親類の役目を果たすことを喜ばないなら、私があなたを買い戻します。主は生きておられる。とにかく、朝までおやすみなさい」。
 ボアズはここでも一時の感情に流されて事を進めようとすることなく、既成事実を造り上げてなし崩しに事を成し遂げようとすることなく、関わるすべての人が納得する仕方でルツとの結婚に進んで行くことを決心します。確かにこの勢いで二人が一緒になってしまうこともできないわけではない。しかしボアズはそうはしないのです。むしろ遠回りのような、面倒な手続きを一つ一つクリアして、その中に神の御手の導きを見ていこうとしている。そんなボアズの振る舞いの根拠となっているのが13節の「主は生きておられる」の一言です。ボアズはルツに関わるすべてのことを「主は生きておられる」という信仰のもとで行おうとしている。主は生きておられるので焦らない。主は生きておられるので手続きを飛ばさない。主は生きておられるので既成事実で押し切らない。そういう誠実さを私たちも何事に付け身に着けて行きたいと願います。

 

 



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