ルツ記講解その5   2018/04/08
『主の翼の下に』

ルツ2:1-13

 一ヶ月以上間が開いてしまいましたが、今晩からルツ記2章に入ります。いよいよルツ記の物語が大きく動き出し始める、そんな場面をともに聖霊に導かれて読み進めてまいりましょう。

(1)ボアズ登場
 2章に入って物語が大きく動き出すきっかけとなるのは、何と言っても主な登場人物の一人、ボアズの登場です。1節。「ナオミには、夫の親戚で、エリメレクの一族に属するひとりの有力者がいた。その人の名はボアズであった」。このボアズの存在と、この後に起こるボアズとルツとのドラマチックな出会いが、ルツ記を導く大きな線となっていくのです。2節。「モアブの女ルツはナオミに言った。『どうぞ、畑に行かせてください。私に親切にしてくださる方のあとについて落ち穂を拾い集めたいのです。』すると、ナオミは彼女に、『娘よ。行っておいで』と言った」。
 こうしてナオミ以外の知り合いもなく異国の地にやって来たルツは、心細さを秘めつつも生活のために畑に落ち穂を集めに出かけて行きます。畑で収穫時に手許からすり抜けて落ちた穂は拾ってはならないというのは、旧約聖書レビ記19章9節、10節で定められたものです。「あなたがたの土地の収穫を刈り入れるときは、畑の隅々まで刈ってはならない。あなたの収穫の落ち穂を集めてはならない。またあなたのぶどう畑の実を取り尽くしてはならない。あなたのぶどう畑の落ちた実を集めてはならない。貧しい者と在留異国人のために、それらを残しておかなければならない。わたしはあなたがたの神、主である」。これは23章22節でも繰り返されます。「あなたがたの土地の収穫を刈り入れるとき、あなたは刈るときに、畑の隅まで刈ってはならない。あなたの収穫の落ち穂も集めてはならない。貧しい者と在留異国人のために、それらを残しておかなければならない。わたしはあなたがたの神、主である」。申命記24章19節も同様です。「あなたが畑で穀物の刈り入れをしていて、束の一つを畑に置き忘れたときは、それを取りに戻ってはならない。それは、在留異国人や、みなしご、やもめのものとしなければならない。あなたの神、主が、あなたのすべての手のわざを祝福してくださるためである」。
 イスラエルがこのような社会的弱者に対する愛の配慮の仕組みを持っていたということは、彼らがかつてエジプトで奴隷生活という辛酸をなめたことと無関係ではないと思いますが、それにしても今日のような自国中心的な民族主義、排外主義が蔓延る時代においてあらためて注目すべきものと思いますが、そんな中でボアズとの出会いが起こるのでした。

(2)ボアズとルツの出会い
 3節から7節。「ルツは出かけて行って、刈る人たちのあとについて、畑で落ち穂を拾い集めたが、それは、はからずもエリメレクの一族に属するボアズの畑のうちであった。ちょうどその時、ボアズはベツレヘムからやって来て、刈る者たちに言った。『主があなたがたとともにおられますように。』彼らは、『主があなたを祝福されますように』と答えた。ボアズは刈る者たちの世話をしている若者に言った。『これはだれの娘か。』刈る者たちの世話をしている若者は答えて言った。『あれは、ナオミといっしょにモアブの野から帰って来たモアブの娘です。彼女は、「どうぞ、刈る人たちのあとについて、束の間で、落ち穂を拾い集めさせてください」と言い、ここに来て、朝から今まで家で休みもせず、ずっと立ち働いています』」。
 ここでのルツとボアズの出会いは偶然のように見えて、しかしルツ記はそこに介在する主の不思議な御手の導きを私たちに印象づけます。ルツが落ち穂を拾っていたのが「はからずも」しゅうとエリメレクの親戚ボアズの畑であったこと、しかもルツが落ち穂を拾っていた「ちょうどその時」ボアズがエルサレムから戻ってきたこと、そして畑で落ち穂を拾うルツを見て「これはだれの娘か」と問うたこと、これら一つ一つの背後に、私たちはルツを顧みてくださる生ける神の御臨在を覚えさせられるのです。

(3)主の翼の下に
 しかもこのボアズは、ルツにひとかたならぬ関心を寄せ、彼女に対して紳士的に振る舞い、破格の厚遇を施し、好意の限りを尽くします。8節から13節。「ボアズはルツに言った。『娘さん。よく聞きなさい。ほかの畑に落ち穂を拾いに行ったり、ここから出て行ったりしてはいけません。私のところの若い女たちのそばを離れないで、ここにいなさい。刈り取っている畑を見つけて、あとについて行きなさい。私は若者たちに、あなたのじゃまをしてはならないと、きつく命じておきました。のどが渇いたら、水がめのところへ行って、若者たちの汲んだのを飲みなさい』」。
 これほどの待遇をしてくれるボアズに対して、ルツは感謝しつつも戸惑いを隠しません。このあたりの互いに惹かれ合うものを感じながらも節度を保ったやりとりは、ある種の初々しさや清々しさを覚えさられるほどの美しい対話です。10節から13節。「彼女は顔を伏せ、地面にひれ伏して彼に言った。『私が外国人であるのを知りながら、どうして親切にしてくださるのですか。』 ボアズは答えて言った。『あなたの夫がなくなってから、あなたがしゅうとめにしたこと、それにあなたの父母や生まれた国を離れて、これまで知らなかった民のところに来たことについて、私はすっかり話を聞いています。主があなたのしたことに報いてくださるように。また、あなたがその翼の下に避け所を求めて来たイスラエルの神、主から、豊かな報いがあるように。』彼女は言った。『ご主人さま。私はあなたのご好意にあずかりとう存じます。私はあなたのはしためのひとりでもありませんのに、あなたは私を慰め、このはしためにねんごろに話しかけてくださったからです』」。
 こうして二人の決定的な出会いが起こるのですが、そこで知らされるのはボアズがルツの人となりを知った上で彼女に誠実に接しているということです。その象徴的な表現が「あなたがその翼の下に避け所を求めてきたイスラエルの神、主から、豊かな報いがあるように」との言葉です。ここで私たちは知るのです。まさにルツにとってはこのボアズ自身が主の翼そのものであるという事実です。主なる神の遣わされた翼、ボアズの下に身を寄せるように導かれるルツ。この主なる神の心憎いばかりのご配慮の御手が、今日の私たちにも及んでいることを覚えて御名を賛美するものです。

 

 



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