主イエスに出会った人々 その6 2007/06/03
『カペナウムの百人隊長』

ルカ福音書7:1-10

 今晩は、ユダヤの地カペナウムに駐留していたローマの軍人の一人、「百人隊長」という肩書きだけで紹介されるこの人物の主イエス・キリストと出会いを通して、神の言葉の権威を信じて従う信仰の姿を見つめていきたいと思います。

(1)主イエスと百人隊長(v.1-5)
 1節から3節。「イエスは、耳を傾けている民衆にこれらのことばをみな話し終えられると、カペナウムにはいられた。ところが、ある百人隊長に重んじられているひとりのしもべが、病気で死にかけていた。百人隊長は、イエスのことを聞き、みもとにユダヤ人の長老たちを送って、しもべを助けに来てくださるようにお願いした」。当時のユダヤにはローマ軍の師団が駐留して治安の維持に努めていたのですが、その中で百人隊という部隊を率いるのが百人隊長と呼ばれる軍人でした。ここで登場する百人隊長もそのようにしてカペナウムの町に滞在していたローマ軍の軍人だったわけです。彼の人柄について今日の短い記述を通していくつかの大切なことを知ることができるでしょう。まず第一には、彼は愛を尽くす人であったということです。彼が主イエスのもとに使いを送ったのは彼のしもべが重い病いで死にかけていたためでした。自分の部下や家来を思いやり、その病いを気遣い、そのためにあらゆる手だてを尽くそうとする、今日の場面からはそんな彼の愛の心が伝わってくるようです。第二には、彼が礼を尽くす人であったということです。彼は病いをいやす主イエスの噂を耳にすると、みもとにユダヤ人の長老を遣わしました。ユダヤ人は彼から見れば自分の支配する国の人々であって、軍人である自分の力をもってすれば人々を自分の意のままにすることもできたはずの彼が、ここで実に丁重にユダヤ人の礼節を重んじて主イエスを迎えようとする姿勢の中にも彼の人柄がにじみ出ているように思います。そして第三には、彼が周囲の人々からの信頼と尊敬を受ける人であったということです。4節、5節。「イエスのもとに来たその人たちは、熱心にお願いして言った。『この人は、あなたにそうしていただく資格のある人です。この人は、私たちの国民を愛し、私たちのために会堂を建ててくれた人です』」。ユダヤの人々からお世辞でなくこれほどの言葉が出る所に、彼の人々から尊敬と信頼を勝ち取っていた姿が見えてくるのではないでしょうか。

(2)百人隊長の信仰と主イエスの称賛(v.6-10)
 こうしてこの百人隊長は自分の大切なしもべの癒しを求めて主イエスのもとに使いを送りますが、その求めを受けて主イエスは百人隊長のもとを訪ねて行かれます。6節から8節。「イエスは彼らといっしょに行かれた。そして百人隊長の家からあまり遠くない所に来られたとき、百人隊長は友人たちを使いを出して、イエスに伝えた。『主よ。わざわざおいでくださいませんように。あなたを私の屋根の下にお入れする資格は、私にはありません。ですから、私のほうから伺うことさえ失礼と存じました。ただおことばをいただかせてください。そうすれば、私のしもべは必ずいやされます。と申しますのは、私も権威の下にある者ですが、私の下にも兵士たちがおりまして、そのひとりに「行け。」と言えば行きますし、別の者に「来い。」と言えば来ます。また、しもべに「これをせよ。」と言えば、そのとおりにいたします』」。
百人隊長は主イエスが自分のもとに来る前に再び使いを送り、直接おいでいただくには及ばない。ただおことばだけをいただかせてくださいと願い出ます。その姿勢を見て主イエスは大変驚かれ、そして彼の信仰をこう言って称賛されるのでした。9節、10節。「これを聞いて、イエスは驚かれ、ついて来た群衆のほうに向いて言われた。『あなたがたに言いますが、このようなりっぱな信仰は、イスラエルの中にも見たことがありません。』使いに来た人たちが家に帰ってみると、しもべはよくなっていた」。いったい主イエスは百人隊長の振る舞いのどこに彼の信仰を見出されたのでしょうか。第一には、彼の主イエスを神の子としての権威を信じる姿です。彼はイエスを「主よ」と呼んでいます。第二に主イエスの言葉の権威を信じる姿です。彼は直接主イエスにお越しいただくには及ばない。「ただおことばをいただかせてください」といい、その理由を「しもべは主人の言葉を信じ、その言葉の通りに振る舞う」という原則を引いて、自分もあなたの権威のもとにある者であって、その言葉をいただければその通りになると信じると、その信仰を告白するのです。「ただおことばをいただかせてください。そうすれば、私のしもべはかならずいやされます」と言い表している通りです。

(3)主イエスの称賛(v.9-10)
 今晩、私たちは「主イエスに出会った人々」というシリーズで今日のカペナウムの百人隊長の姿を見ているのですが、実は今日の箇所では彼は主イエスと直接には対面していないことに気づきます。彼と主イエスとのやりとりはすべて使者を介してのことでした。けれども今晩このストーリーを百人隊長の主イエスとの出会いとして読むことができるのはなぜでしょうか。それは、彼がひたすら「ことば」のやりとりによって主イエスと出会い、主イエスを信じ、主イエスに従い、そしてまさにそのことばによって愛するしもべの病いのいやしを体験していったからです。
 私たちの主イエスとの出会いもまた、百人隊長と同じように直接主イエスの顔を見るということではありません。しかし、それでも「主の言葉を信じる」ということを通して、私たちもまた主イエスとの出会いを果たしていくことができるのであり、しかもその言葉の権威を認め、その言葉に素直に従っていくときに、主イエスによる信仰の称賛さえいただくことができるのです。主イエス・キリストによってその信仰が立派だと称賛された彼は、一人の異邦人でありました。人々からは救いに遠いと見られていた彼こそが、主イエスの神の子としての権威を認め、そのことばに信頼する人であった。このことの意味を深く心に刻みつつ、私たちも「ただおことばをいただかせてください」と、主の御言葉への信頼のことばをもって応答していきたいと思います。

 



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