主イエスに出会った人々 その25 2007/12/02
『クレネ人シモン』

ルカ福音書23:26

 いよいよ今年も12月を迎え、待降節に入りました。朝の礼拝ではルカ福音書の冒頭に記されたマリヤの姿から今年のクリスマスの御言葉を聞き始めていますが、この夕の礼拝では、ちょうど主イエス・キリストの受難の場面にさしかかっています。主イエスの誕生と受難の御言葉を朝に夕に聞く。ここには大きな意味があると思うのです。そのように主に導かれていることの意味深さを覚えつつ、今晩は主イエスに代わって十字架を背負うことになった人物、クレネ人シモンの姿を見つめていきたいと思います。

(1)恥を追わされた人
 ユダヤの群衆たちの暴動を恐れ、彼らに押し切られる形でピラトが主イエスの十字架刑を宣告した後、痛めつけられて傷だらけの主イエスは十字架刑の執行される忌まわしき刑場、ゴルゴダの丘へと連れて行かれます。ちょうど時はユダヤで一番の祭りである過越の祭りの期間であり、各地から都を目指して集まってくる多くの巡礼者も加わって、いつにも増して都エルサレムは多くの人々でごった返していました。そんな人々の好奇と蔑みの眼差し、嘲りと侮辱の罵声の中を十字架の横木を背負わされた主イエスがローマ兵士にせき立てられるようにして町の街路を進みます。今日では「悲しみの道」(ヴィァ・ドロロサ)と呼ばれる道行きです。そこに一人の人物が登場します。26節。「彼らは、イエスを引いていく途中、いなかから出て来たシモンというクレネ人をつかまえ、この人に十字架を負わせてイエスのうしろから運ばせた」。彼の名は「シモン」、出身は「クレネ」と紹介されます。クレネとは今の北アフリカの周辺で、恐らく熱心なユダヤ教徒であった彼は、過越の祭りを都エルサレムで迎えるために、はるばる遠い道のりを巡礼の旅を続けてようやくエルサレムに到着したのでしょう。
 ところが都に着いてみると、祭りの華やかさとはかけ離れた物々しい雰囲気です。ただでさえ祭りで混み合うエルサレムの通りがおびただしい群衆や兵士たちで溢れています。見るとその群衆の中心には、頭にはいばらの冠、背中には鞭打ちの傷も生々しく、足を引きずるように十字架の横木を背負わされて進む犯罪人の姿がありました。そのあまりの衰弱ぶりに十字架を背負うのはもはや無理なのは誰の目にも明らかです。横目でちらりとその様子をうかがうと先を急ごうとしていたかもしれない彼とこの犯罪人に付きそうローマ兵の目が合う。一瞬目をそらしても後の祭り、何とこの兵士はこともあろうにシモンに目を留めると、「おまえが代わりにこの十字架を担げ」と有無を言わさず彼を通りの真ん中に引きずり出すと、彼の肩に重い十字架を負わせたのです。マタイやマルコ福音書は「無理矢理に背負わせた」と記しますから、それこそ有無を言わさず力づくのことだったのでしょう。まことに偶然のようにしてシモンは死刑囚の肩代わりに十字架を担いで町中を練り歩くという大変不名誉な役割を与えられてしまったのでした。

(2)主の十字架を負う人
 先週の囚人バラバ同様に、福音書において一回きりしか登場しないこの人物を、しかし福音書記者ルカは主イエスの十字架への道行きという重要な場面に登場させることによって、私たち読者に主イエスに従う弟子の模範として描き出しているようです。「この人に十字架を負わせて、イエスの後ろから運ばせた」というこの描写から私たちが思い起こすのは、かつて主イエスが語られた弟子の姿です。ルカ9章23節。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、日々自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。自分のいのちを救おうと思う者は、それを失い、わたしのために自分のいのちを失う者は、それを救うのです」。また14章27節。「自分の十字架を負ってわたしについて来ない者は、わたしの弟子になることはできません」。つまりここでクレネ人シモンは十字架を負ってイエスについて行く人、主に従う弟子の姿を後の時代の教会にまざまざと示す役回りを図らずも担わされていると言えるのです。
 それにしても、一体この時のシモンはどんな気持ちで主イエスの後ろ姿を見、この十字架を背負ったのでしょうか。人々のあざけりと罵声の中を、黙々と進んで行かれる後ろ姿に、何を感じ取ったのでしょうか。ゴルゴダで釘打たれ、苦しまれ、そこで語られた主イエスの言葉をどのように聞いたのでしょうか。聖書は彼のその後について多くを語りませんが、しかし幾つかの貴重な証言を残しています。マルコ15章21節でシモンは「アレキサンデルとルポスとの父」と記されます。つまりマルコが福音書を記した頃には、シモンの息子たちはクリスチャン世界では知られた存在になっていたということです。また使徒13章1節にはアンテオケ教会の中心人物の一人として「ニゲルと呼ばれるシメオン」の存在が記録され、さらにローマ16章13節でパウロは、ローマ教会員ルポスとその母に挨拶を書き送っているのです。つまりこれらの記録から言えることは、偶然のように、そして強制的に十字架を担うはめになったシオンが、それをきっかけにしてやがて救いに導かれてアンテオケ教会の中心メンバーとなり、彼の妻も二人の息子アレキサンデルとルポスもローマでクリスチャンとなっていったという事実なのです。

(3)主に従う人
 その時には分からなかった十字架の重みが、しかし後にあって明らかにされた時、彼はその肩に残った十字架の記憶を、ただ木材の重みとしてでなく自分自身の罪の重みとして感じたのではないでしょうか。そしてその十字架の意味を知った時、彼は真の意味で主イエスに従う者となっていったのです。ピリピ1章29節に「あなたがたは、キリストのために、キリストを信じる信仰だけでなく、キリストのための苦しみをも賜ったのです」とあります。またヘブル書13章12節、13節には「ですから、イエスも、ご自分の血によって民を聖なるものとするために、門の外で苦しみを受けられました。ですから、私たちは、キリストのはずかしめを身に負って、宿営の外に出て、みもとに行こうではありませんか」とあります。まさに主の十字架を負う者として、私たちもこの主に従うようにと今晩招かれているのです。この夕べ、私たちひとりひとりも、主イエスが私たちの罪のために身代わりとなってくださった十字架の重みをこの身に感じつつ、この主に従う者とされたく願います。十字架を避けて、重荷を逃れて歩む人生ではなく、むしろ強いられて背負わされたような十字架であったとしても、そこに強いられた恵みが確かにあることを信じて、一歩一歩進んでまいりたいと願います。その歩みの途上において十字架の重みを感じてこそ、私たちが確かに主の弟子であるという事実を確かめることができるのです。

 



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