ハイデルベルク信仰問答による説教その52  2013/05/19
『試練を越える祈り』

Iコリント10:13

 今晩はいよいよ主の祈りの最後、第六の祈願である悪からの助けを求める祈りを取り上げます。私たちを試みから助け、悪に勝利させてくださる王なるキリストの恵みを、御言葉からご一緒に教えられてまいりましょう。

(1)試練と誘惑
 これまでハイデルベルク信仰問答の五十二主日の区分にしたがって学んでまいりましたが、最後の第五十二主日だけは数回にわけて最後のしめくくりをしていきたいと願っています。まず127問を見ましょう。「問:第六の願いは何ですか。答:『我らを試みに会わせず、悪より救い出したまえ』です。すなわち、私たちは自分自身あまりに弱く、ほんの一時立っていることさえできません。その上、私たちの恐ろしい敵である悪魔やこの世、また自分自身の肉が、絶え間なく攻撃を仕掛けてまいります。ですから、どうかあなたの聖霊の力によって、私たちを保ち、強めて下さり、私たちがそれらに激しく抵抗し、この霊の戦いに敗れることなく、ついには完全な勝利を収められるようにしてください、ということです」。
 この祈りについて宗教改革者ルターが次のような言葉を残しています。「私は第五の祈りとともに眠りにつき、第六の祈りとともに起きあがる」。試練の問題をいつも身近に考えていたルターらしい言葉です。ここで「試み」と訳されるのは「ペイラスモス」という言葉ですが、これは新約聖書において大きく二通りに訳されています。一つは「試み」、「試練」、いま一つは「誘惑」と言う言葉です。試練と誘惑。この二つを厳密に使い分けることは困難ですが、聖書が教えているペイラスモスの意味について四つにまとめておきたいと思います。第一には「人が神を試みる」という形です。第二には「神が人を試みる」という形です。第三には「人あるいはモノが人を」という面です。私たちが日常に於いて経験するものはほぼこの範疇に入るでしょう。お金、名誉、地位、性的な誘惑です。そして第四は「サタンが人を」という面です。これはいわば第三の誘惑の背後に潜むその誘惑の正体です。このように考えてみると、ペイラスモスと訳される言葉の意味するところは、それが神と人との関わりである場合には試練の側面が強く、人と人、そしてその背後にある人とサタンとの関わりである場合には誘惑となって現れているということが出来るのです。

(2)試練を越える祈り
 これらを踏まえて第六の祈りを考えましょう。「試みに会わせないでください」という祈り。それは試練や誘惑と直面せず、それを避けて通らせてくださいという祈りではないのです。今晩与えられているIコリント10章13節にこうあります。「あなたがたの会った試練はみな人の知らないものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを、耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます」。
この御言葉に導かれながら、信仰問答は私たちが試練や誘惑に会うことは避けられないこととした上で、試練に屈してしまうことがないように、誘惑に陥ってしまうことがないように、その深みに引き入れないでくださいと願う祈りだと教えます。「わたしたちは自分白身あまりに弱く、ほんの一時立っていることさえできません。その上わたしたちの恐ろしい敵である悪魔やこの世、また自分自身の肉が、絶え間なく攻撃をしかけてまいります」と言うように、この祈りは私たちが誘惑や試練に遭遇せざるを得ない現実とそれに屈してしまう弱さがあることを率直に認め、その上で「ですから、どうかあなたの聖霊の力によって、わたしたちを保ち、強めてくださり、わたしたちがそれらに激しく抵抗し、この霊の戦いに敗れることなく、ついには完全な勝利を収められるようにしてください」と言うように、私自身の力によってでなく聖霊の御力によって完全な勝利を得させてくださいと祈る戦いの祈り、勝利を求める祈りなのです。

(3)悪より救い出したまえ
最後に「悪からお救いください」という祈りについて考えます。主の祈りで「悪」と訳される言葉は、「悪い者から」とも訳すことができ、信仰問答は端的に「私たちの恐ろしい敵である悪魔」と言い、加えて「この世、また私たち自身の肉」と言います。私たちの地上の現実には悪しき者との絶えざる闘いがある。このことを弁えましょう。しかしこのような深刻な敵に対する戦いの現実の中にあるからこそ、私たちは次のように祈らなければならないのであり、また完全な勝利を確信しつつ祈ることができるのです。すなわち「どうかあなたの聖霊の力によって、私たちを保ち、強めてくださり、私たちがそれらに激しく抵抗し、この霊の戦いに敗れることなく、ついには完全な勝利を収められるようにしてください」との祈りです。私たちの霊的な戦いは、聖霊の力による戦いであり、しかもその勝敗は、すでに御子イエス・キリストの十字架の贖いによって完全な勝利が約束されています。だからこそ私たちは目覚めて、真剣に、この地上にあっては霊的な戦いを続けていくのであり、この霊的な戦いが来たるべき御国の支配へと繋がっていくのです。
 ここで私たちはこの第六の祈願を第二の祈願とあわせて理解することが大切です。第123問では次のように教えられていました。「問:第二の祈願は何ですか。答:『御国を来たらせたまえ』です。すなわち、あなたがすべてのすべてとなられる御国の完成に至るまで、私たちがいよいよあなたにお従いできますよう、あなたの御言葉と聖霊とによって私たちを治めて下さい。あなたの教会を保ち、進展させて下さい。あなたに逆らい立つ悪魔の業やあらゆる力、あなたの聖なる御言葉に反して考え出されるすべての邪悪な企てを滅ぼして下さい、ということです」。そうであるならば、この「悪からお救いください」という祈りは、助けを求める悲痛な祈りではなく、希望としての祈りということになるでしょう。この希望に立ってなお「御名が崇められるように、御国が来ますように」と祈り続けることができるのです。



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