ハイデルベルク信仰問答による説教その50  2013/04/21
『父の愛に養われて』

ヘブル13:5-6

 一昨年の11月から始まったハイデルベルク信仰問答による説教も今晩で第50主日に入り、いよいよ終わりが近付いてまいりました。今晩は、「日毎の糧を今日も与えたまえ」と願う私たちの祈りを聞いて、私たちを日々養い、生かしてくださる父なる神の愛を、御言葉からご一緒に受け取ってまいりましょう。

(1)日毎の糧を願う祈り
 御子イエス・キリストが御父の愛を信頼して祈るようにと教えてくださった主の祈りは、前半三つの祈願が御父の栄光、御国、御心を求める「御父のための祈り」であったのに対して、後半の三つの祈願は日ごとの糧、罪の赦し、悪からの救い出しを願う「私たちのための祈り」です。私たちのための祈りの冒頭に来るのが日ごとの糧、日ごとのパンを求める祈りであることは、私たちが日々を生きるための必要を御父が養ってくださるお方であることを表していると言えるでしょう。第125問には次のように記されています。「問:第四の願いは何ですか。答:『我らの日用の糧を今日も与えたまえ』です。すなわち、私たちに肉体的に必要なすべてのものを備えてください、それによって、私たちが、あなたこそ良きものすべての唯一の源であられること、また、あなたの祝福なしには、私たちの心配りや労働、あなたの賜物でさえも、私たちの益にならないことを知り、そうして私たちが、自分の信頼をあらゆる被造物から取り去り、ただあなたの上にのみ置くようにさせてください、ということです」。
 信仰問答は、この願いが単に日ごとの糧であるパンや食物に限定されたものでなく、「私たちに肉体的に必要なすべてのものを備えてください」とあるように「肉体的に必要なすべてのもの」を求める祈りであると説明しています。これは、天地万物を創造し、それを今も統べ治め、そこに生きる命を育み養いたもう父なる神の摂理の御手に対する信頼から生まれる祈りにほかなりません。マタイ福音書6章26節に記された主イエスが山上の説教の御言葉を思い起こします。「空の鳥を見なさい。種蒔きもせず、刈り入れもせず、倉に納めることもしません。けれども、あなたがたの天の父がこれを養っていてくださるのです。あなたがたは、鳥よりも、もっとすぐれたものではありませんか」と語っておられる通りです。

(2)父の愛に養われて生きる
 このようにして父なる神に日ごとの糧を祈りながら、そこで求められているのは日ごとの糧以上のものでした。すなわち「それによって、私たちが、あなたこそ良きものすべての唯一の源であられること、また、あなたの祝福なしには、私たちの心配りや労働、あなたの賜物でさえも、私たちの益にならないことを知り、そうして私たちが、自分の信頼をあらゆる被造物から取り去り、ただあなたの上にのみ置くようにさせてください、ということです」とあるように、私たちがこの祈りを祈ることによって父なる神の愛をさらに深く知り、父なる神にのみ信頼を置くようになるということです。
 今晩与えられているヘブル書13章5節、6節にはこう記されています。「金銭を愛する生活をしてはいけません。いま持っているもので満足しなさい。主ご自身がこう言われるのです。『わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない。』そこで、私たちは確信に満ちてこう言います。『主は私の助け手です。私は恐れません。人間が、私に対して何ができましょう』」。日毎の糧を祈り求めて生きる歩みは、「わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない」と言ってくださる父なる神の愛に養われて生きる歩みです。私たちの必要をご存じの御父は、私たちに毎日欠かすことなく天からの養いを与えてくださる愛に満ちた真実なるお方なのです。御父が私たちにくださるものは決して大きなもの、尊いものばかりではありません。私たちの日常生活に欠かせない一つ一つの些細なものもまた御父からの養いの中で受け取っているものであって、私たちの手の中にあるものはどれ一つとっても自分の力で得たものでなく、天の御父の私たちに対する愛の具体的なあらわれなのです。

(3)父に信頼して生きる
 父なる神に日ごとの糧を求めて生きる生き方は、決してすべて神頼みで怠惰に生きることを意味するものではありません。むしろ「自分の信頼をあらゆる被造物から取り去り、ただあなたの上にのみ置くようにさせてください」という祈りの中で生み出される積極的で忠実なものです。使徒パウロが一コリント15章58節でこう言うとおりです。「ですから、私の愛する兄弟たちよ。堅く立って、動かされることなく、いつも主のわざに励みなさい。あなたがたは自分たちの労苦が、主にあってむだでないことを知っているのですから」。
 私たちの信仰生活はこの世のものを否定するものではありませんし、聖と俗とを分ける二元論でもありません。一テモテ4章4節で「神が造られた物はみな良い物で、感謝して受ける時、捨てるべき物は何一つない」と言われるとおりです。ですから私たちは「人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる」ことをわきまえつつ、日ごとのパンを求めることが許されており、またそうすべきなのです。
 そこで肝心なことは、そうやって営まれていく日々の生活、養われていく日々の営みが、神への信頼の中で続けられていくことの安心の中に生きることがゆるされているという大いなる恵みです。私が自分自身の生活すべてに責任を負うとすれば大変な重荷です。しかし主にある信仰者には自らの人生のすべてをそのままお委ねしていくことのできる信頼すべき天の父なる神がおられるのです。この神の恵み深い摂理の御手を覚えつつ、まことの命によって生かされていく私たちの日々でありたいと願います。

 



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