ハイデルベルク信仰問答による説教その39 2013/01/13
『尊敬と崇拝』

ローマ13:1

 今晩は十戒の第五戒の戒めを説くハイデルベルク信仰問答に導かれながら、私たちの社会が置かれている状況と、その中で信仰者がどのように祈るべきであるかを、御言葉から教えられてまいりましょう。

(1)父母を敬うこと
 今日の信仰問答第39主日、第104問はこうです。「問:第五戒で、神は何を望んでおられますか。答:わたしがわたしの父や母、またすべてわたしの上に立てられた人々に、あらゆる敬意と愛と誠実とを示し、すべてのよい教えや懲らしめにはふさわしい従順をもって服従し、彼らの欠けをさえ忍耐すべきである、ということです。なぜなら、神は彼らの手を通して、わたしたちを治めようとなさるからです」。これは出エジプト記20章12節の
「あなたの父と母を敬え。あなたの神、主が与えようとしておられる地で、あなたの齢が長くなるためである」との戒めを説くところですが、これまでもたびたび学んで来たように、十戒は前半の四つが主なる神に対する人間のあり方についての戒めであり、後半の六つが主なる神にあっての人間同士のあり方についての戒めです。その後半の最初に置かれているのが、この「あなたの父と母を敬え」という親に対する尊敬、敬愛の教えであることからも、人間関係の基本的なあり方がここに置かれていることが分かります。
 しかも信仰問答はこの戒めを「わたしの父や母、またすべてわたしの上に立てられた人々に、あらゆる敬意と愛と誠実とを示し、すべてのよい教えや懲らしめにはふさわしい従順をもって服従し、彼らの欠けをさえ忍耐すべきである」として、広く他者との交わりに及ぶものとして理解しています。とりわけ「上に立てられた人」として年長者、目上の人全般ということ以上に、世俗の権威者、政治的な統治者との関わりを述べているのです。今晩開かれているローマ書13章1節は、信仰者が世俗の権威や統治者に対してどのような態度であるべきかを教える重要な御言葉です。「人はみな、上に立つ権威に従うべきです。神によらない権威はなく、存在している権威はすべて、神によって立てられたものです」。同じような趣旨でパウロはIテモテ2章1節でもこう言っています。「すべての人のために、また王とすべての高い地位にある人たちのために願い、祈り、とりなし、感謝がささげられるようにしなさい」。
 
(2)敬意、愛、誠実、従順、忍耐
 ローマ書13章は7節でも次のように言います。「あなたがたは、誰に対しても義務を果たしなさい。みつぎを納めなければならない人にはみつぎを納め、税をおさめなければならない人には税を納め、恐れなければならない人を恐れ、敬わなければならない人を敬いなさい」。ここには人の他者に対する基本的な態度として「敬うこと」、「敬意」が挙げられています。信仰問答でも「あらゆる敬意と愛と誠実とを示し、すべてのよい教えや懲らしめにはふさわしい従順をもって服従し、彼らの欠けをさえ忍耐すべきである」と教えられています。ここには主なる神がこの地上に与えてくださった様々な恵みの手段を尊重すること、主なる神は人間の社会の中に直接的に介入するというよりも人間たちの不完全な営みの中にもご自身の御心をあらわし、神を知らぬ者たちを通してでさえご自身の御心を果たされるお方であることが明らかにされています。それゆえに「彼らの欠けをさえ忍耐すべきである」とさえ教えられるのです。

(3)尊敬と崇拝
 最後に、特に重要なことを確認しておきましょう。十戒の第四戒が語り、ローマ書13章が教えることは、権威を持つ者たちを神格化したり、無批判で絶対的な権威への服従を教えるものではないということです。私たちが上に立つ権威を尊び、これに従うのは、それが神に立てられて神の御心を行うという限定付けのもとでのことであるからです。チェコ・スロバキアの神学者ロッホマンは、十戒の第五戒について、これは敬愛の教えであって崇拝の教えではないこと、と重要な指摘をしています。彼は祖国の共産主義化の中で、万民の平等を歌った共産主義が、結局は政治的指導者や国家元首に対する個人崇拝に陥ることを鋭く見抜いていました。その例を引くまでもなく古くから現代に至るまで、独裁的な政治体制のもとでは、絶えずこの権威者、指導者の神格化と崇拝の強制が繰り返されてきたことを忘れることは出来ません。特に私たちの国では、かつて天皇を現人神として天皇崇拝、神社参拝を国民儀礼として強制し、教会もまたこれに順応していくという罪を犯しました。そして今も、この世の為政者たちの中には天皇を国家元首に祭り上げ、天皇の神社である靖国神社を国有化し、総理大臣や天皇が靖国を参拝する国、それはやがては国民すべてが靖国を参拝する国作りを進めようとする思惑を抱くものが中心となっています。
 そのような中で、私たちは「尊敬」と「崇拝」をきちんと峻別し、上に立てられた権威を敬い、重んじつつも、それが自らへの崇拝を求め始める時には明確な「否」を言い表し、これに断固として抵抗しなければなりません。十戒の第五戒が父と母への敬愛を教えるのは、崇拝されるべきお方がただ一人の主であられるまことの神以外にはないことを教える第一戒と絶えず結びつけられていることであって、この二つを混同することは十戒に込められた主なる神の御心を損なうものです。私たちは、神を神とするからこそ、そのもとでの隣人を敬い、愛し、誠実を尽くし、従順に、忍耐強く上に立つ権威に従いながら、主の御心をこの地上に証ししていくのであって、そこに愛する隣人との豊かな交わりが作り上げられていくことを覚えたいと思います。



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