ハイデルベルク信仰問答による説教その31 2012/10/21
『天の御国の鍵』 

マタイ16:19

 ハイデルベルク信仰問答による説教も聖礼典の学びを終えて、今日はその締めくくりである「鍵の権能」について学ぼうとしています。与えられているマタイ福音書の御言葉から、信仰問答第31主日を手引きとして、ご一緒に教えられてまいりましょう。

(1)天の御国の鍵としての説教
 御言葉の説教、聖礼典の執行とともに、宗教改革の教会が重んじてきたものが鍵の権能と呼ばれるものです。それによって教会を整え、建てていく務めを教会は主イエスから委ねられてきました。マタイ福音書16章において、主イエスはペテロに向けてこう言われました。「わたしは、あなたに御国のかぎを上げます。何でもあなたが地上でつなぐなら、それは天においてもつながれており、あなたが地上で解くなら、それは天においても解かれています」。こうして地上の教会に鍵を託して「つなぐ、解く」務めを与えられ、それによって天の御国の門を開き、また閉じる役目をお委になられたのです。この務めの権能がペテロ個人に与えられたのか、それとも教会に与えられたのかの理解を巡って当時のローマ・カトリック教会と福音主義の教会の間に違いが生まれていったことはよく知られるところです。宗教改革の教会はこの権能を教会に委任された務めと理解し、また罪の告白と赦しの宣言を個人的な秘められた事柄としてではなく、礼拝の中での公的な営みとしたのでした。そこで信仰問答第83問も次のように教えます。第83問「問:鍵の務めとは何ですか。答:聖なる福音の説教とキリスト教的戒規のことです。これら二つによって、天国は信仰者たちには開かれ、不信仰な者たちには閉ざされるのです」。
 鍵の務めの第一のものとして「福音の説教が」の役割が教えられます。第84問。「問:聖なる福音の説教によって、天国はどのように開かれまた閉 ざされるのですか。答:次のようにです。すなわち、キリストの御命令によって、信仰者に対して誰にでも告知され明らかに証言されることは、彼らが福音の約束をまことの信仰をもって受け入れる度ごとに、そのすべての罪が、キリストの功績のゆえに、神によって真実に赦されるということです。しかし、不信仰な者や偽善者たちすべてに告知され明らかに証言されることは、彼らが回心しない限り、神の御怒りと永遠の刑罰とが彼らに留まるということです。そのような福音の証言によって、神は両者をこの世と来たるべき世において裁こうとなさるのです」。ここで語られるのは福音の説教の持つ救いと裁きの両面性ということです。福音の説教は信じる者には罪の赦しを与える救いの言葉となり、信じない者には神の怒りと刑罰をもたらす裁きの言葉になる「両刃の剣よりも鋭」い性質があるのであって、教会はこの福音の剣を研ぎ澄ましてこの世界に向かって語り続けなければならないのです。確かに御言葉の説教には福音の慰め、励ましとともに罪を明らかにし、戒める働きもあります。御言葉を語る牧師も、御言葉を聴く会衆も、これが教会に託された鍵の務めであることを十分に重んじて、御言葉に正しく聞き従っていくことが重要なのです。

(2)天の御国の鍵としての教会戒規
 教会戒規の目的について宗教改革者カルヴァンは『キリスト教綱要』の中で、神の教会の秩序と純潔の保持のため、信仰者を他の罪の影響から守るため、そして罪を犯した当事者の悔い改めと魂の獲得のための三点を挙げました。その中でも特に重要なのは第三の罪を犯した者が正しい悔い改めの道を通って主にある交わりに回復され、その魂が獲得されるという目的です。戒規は決して罪を犯した信仰者の断罪と放逐のためにあるのではなく、悔い改めと魂の獲得のためにあるのです。
 さらに第85問は鍵の務めとしての戒規がどのように用いられるべきかを次のように教えます。「キリストの御命令によって、キリスト者と言われながら、非キリスト教的な教えまたは行いを為し、度重なる兄弟からの忠告の後にもその過ちまたは不道徳を離れない者は、教会または教会役員に通告されます。もしその訓戒にも従わない場合、教会役員によっては聖礼典の停止をもってキリスト者の会衆から、神御自身によってはキリストの御国から、彼らは閉め出されます」。ここでは戒規に至る道筋がマタイ福音書18章の原則に従って論じられます。「また、もし、あなたの兄弟が罪を犯したなら、行って、ふたりだけのところで責めなさい。もし聞き入れたら、あなたは兄弟を得たのです。もし聞き入れないなら、ほかにひとりかふたりをいっしょに連れて行きなさい。ふたりか三人の証人の口によって、すべての事実が確認されるためです。それでもなお、言うことを聞き入れようとしないなら、教会に告げなさい。教会の言うことさえも聞こうとしないなら、彼を異邦人か取税人のように扱いなさい。まことに、あなたがたに告げます。何でもあなたがたが地上でつなぐなら、それは天においてもつながれており、あなたがたが地上で解くなら、それは天においても解かれているのです」。
 このように戒規に進む道は個人的な訓戒、複数による訓戒、教会会議による戒規という段階を経るように定められていますが、いずれにしても教会による慎重な手続きと牧会的配慮を踏まえた上で、最終的に教会のかしらなる主イエス・キリストの御名の権威に基づいて執り行われるものです。しかし最も大切なのは、普段から私たちの交わりが互いのためにとりなし祈る、祈りの交わりとして整えられていくということでしょう。「まことに、あなたがたにもう一度、告げます。もし、あなたがたのうちふたりが、どんな事でも、地上で心を一つにして祈るなら、天におられるわたしの父は、それをかなえてくださいます。ふたりでも三人でも、わたしの名において集まる所には、わたしもその中にいるからです」。この祈りの中でこそ教会の交わりは建て上げられていくのであって、その祈りなしに鍵の権能のみを行使することはできません。祈りの中で兄弟姉妹たちが整えられていく道筋をともに辿って行きたいのです。

 



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