ハイデルベルク信仰問答による説教その28 2012/09/02
『主の食卓の恵み』

ヨハネ6:56-58

 今晩は、主イエス・キリストの贖いの恵みを私たちに差し出してくださる恵みの礼典について、洗礼に続いて主の晩餐の礼典の恵みを、ハイデルベルク信仰問答が語る言葉を手引きとしながら、御言葉から教えられてまいりたいと思います。

(1)思い起こし、確信する食事
 今晩学ぶハイデルベルク信仰問答の第28主日は、主の晩餐について教えているところです。まず第75問を見ましょう。「問:あなたは聖晩餐において、十字架上でのキリストの唯一の犠牲とそのすべての益にあずかっていることを、どのように思い起こしまた確信させられるのですか。答:次のようにです。キリストは御自身を記念するため、この裂かれたパンから食べこの杯から飲むようにと、わたしとすべての信徒にお命じになりましたが、その時こう約束なさいました。第一に、この方の体が確かにわたしのために十字架上でささげられ、また引さ裂かれ、その血がわたしのために流された、ということ。それは、主のパンがわたしのために裂かれ、杯がわたしのために分け与えられるのを、わたしが目の当たりにしているのと同様に確実である、ということ。第二に、この方御自身が、その十字架につけられた体と流された血とをもって、確かに永遠の命へとわたしの魂を養いまた潤してくださる、ということ。それは、キリストの体と血との確かなしるしとしてわたしに与えられた、主のパンと杯とをわたしが奉仕者の手から受けまた実際に食べるのと同様に確実である、ということです」。
 洗礼について学んだ第69問と読み比べてみると、洗礼と主の晩餐のいずれもが、十字架上でのキリストの唯一の犠牲とそのすべての益にあずかっていることを「思い起こしまた確信させられる」ための恵みの手段でることがわかります。その上で、パンとぶどう酒に与ることを通して、罪の赦しの確かさと、永遠のいのちの養いを与えられるというのです。今晩開かれているヨハネ福音書6章56節から58節で、主イエスはご自身をあの出エジプトにおいて天からくだったマナと比較されながら、ご自身こそが私たちを永遠のいのちに養ってくださる確かないのちのパンであることを明らかにしてくださいました。「わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、わたしのうちにとどまり、わたしも彼のうちにとどまります。生ける父がわたしを遣わし、わたしが父によって生きているように、わたしを食べる者も、わたしによって生きるのです。これは天から下ってきたパンです。あなたがたの父祖たちが食べて死んだようなものではありません。このパンを食べる者は永遠に生きます」。

(2)キリストと結び合う食事
 次に第76問を見ましょう。「問:十字架につけられたキリストの体を食べ、その流された血を飲むとはどういうことですか。答:それは、キリストのすべての苦難と死とを、信仰の心をもって受け入れ、それによって罪の赦しと永遠の命とをいただく、ということ。それ以上にまた、キリストのうちにもわたしたちのうちにも住んでおられる聖霊によって、その祝福された御体といよいよ一つにされてゆく、ということです。それは、この方が天におられわたしたちは地にいるにもかかわらず、わたしたちがこの方の肉の肉、骨の骨となり、ちょうどわたしたちの体の諸部分が一つの魂によってそうされているように、わたしたちが一つの御霊によって永遠に生かされまた支配されるためなのです」。
 ここで重要なのは、第一に主の晩餐によって与えられる恵みが「祝福された御体といよいよ一つにされてゆく」ことである点、第二はそれが「キリストのうちにもわたしたちのうちにも住んでおられる聖霊によって」起こるという点です。祝福された御体とは、天に挙げられた栄光の主のことですが、このキリストと地上にある私たちが聖霊によって一つとされていく。これを教理の言葉で「キリストとの結合」と呼びます。これは私たちの救いと聖化、そして終末における完成の要となるものです。私たちは主の食卓に与り続けることで、ますますいよいよキリストと一つに結び合わされていくのです。このキリストとの結合は聖霊なる神のお働きによってもたらされるものです。そこでは「この方が天におられ、わたしたちは地にいるにもかかわらず、わたしたちがこの方の肉の肉、骨の骨となり、ちょうどわたしたちの体の諸部分が一つの魂によってそうされているように、わたしたちが一つの御霊によって永遠に生かされまた支配されるためなのです」とあるように、花婿なるキリストと、花嫁なる教会が、あの創世記の人間創造におけるアダムとエバのように「わたしたちがこの方の肉の肉、骨の骨とな」っていくのです。

(3)御言葉による約束
 そして最後の第77問では、このように明らかにされた主の晩餐の意義が、主イエス・キリストご自身の御言葉による制定に基づいていることを明らかにします。「問:信徒がこの裂かれたパンを食べ、この杯から飲むのと同様に確実に、御自分の体と血とをもって彼らを養いまた潤してくださると、キリストはどこで約束なさいましたか。答:聖晩餐の制定の箇所に、次のように記されています。わたしたちの「主イエスは、引さ渡される夜、パンを取り、感謝の祈りをささげてそれを裂き、『(取って食べなさい。)これは、あなたがたのためのわたしの体である。わたしの記念としてこのように行いなさい』と言われました。また、食事の後で、杯をも同じようにして、『この杯が、わたしの血によって立てられる新しい契約である。飲む度に、わたしの記念としてこのように行いなさい』と言われました。だから、あなたがたは、このパンを食べこの杯を飲むごとに、主が来られるときまで、主の死を告げ知らせるのです」。
 主イエス・キリストが定められた主の晩餐は、単にパンとぶどう酒を食するという飲み食いの儀式にとどまるものではありません。むしろそこで起こっているのは聖霊によって生けるキリストと一つに結び合わされるという命の交わりなのです。この意義を繰り返し覚えて、主の食卓を囲み、そこにおいて教会が互いにも一つに結び合わされながら、主イエスのいのちに養わされ、そのいのちに生きる恵みにあずかり続けてまいりましょう。

 



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