ハイデルベルク信仰問答による説教その18  2012/06/10
『天でのとりなし』

ローマ8:34

 今晩は私たちの罪のために十字架に死に、三日目によみがえられた御子イエス・キリストが、今、天におられて私たちのためにとりなし続けていてくださる、その恵みと益を御言葉から教えられていきたいと思います。

(1)天におられるキリストの臨在
 今日取り上げます第18主日は、使徒信条が御子イエス・キリストの今のお姿を「天に昇り、全能の父なる神の右に座したまえり」と言い表したところ、教理の言葉ではキリストの昇天と着座と呼ばれる事柄についての告白です。まず第46問から第48問を読みましょう。「問:あなたは『天にのぼり』をどのように理解しますか。答:キリストが弟子たちの目の前で地上から天に上げられ生きている者と死んだ者とを裁くために再び来られる時まで、わたしたちのためにそこにいてくださる、ということです。問:それでは、キリストは、約束なさったとおり、世の終わりまでわたしたちと共におられる、というわけではないのですか。答:キリストは、まことの人間でありまことの神であられます。この方は、その人間としての御性質においては、今は地上におられませんが、その神性、威厳、恩恵、霊においては、片時もわたしたちから離れてはおられないのです。問:しかし、人間性が神性のある所どこにでもある、というわけではないのならば、キリストの二つの性質は互いに分離しているのではありませんか。答:決してそうではありません。なぜなら、神性は捉えることができず、どこにでも臨在するのですから、確かにそれが取った人間性の外にもあれば同時に人間性の内にもあって、絶えず人間性と人格的に結合しているのです」。
 ここでの議論はなかなか複雑なのですが、要するに一方では聖書で御子イエス・キリストはいつまでも私たちとともにいてくださると教えられているのに、その一方でキリストが天に挙げられたと聖書が語るなら、先の約束はどうなってしまうのかという問いなのです。特に宗教改革の時代には聖餐におけるキリストの現臨の有り様が問題となっていましたので、ここにあるような複雑な議論がなされなければならなかったという事情があるのですが、ともかく今キリストは天に挙げられて確かに父のもとにおられるのですが、しかし聖霊によって私たちとともにいてくださるということもまた確かなことであって、「その神性、威厳、恩恵、霊においては、片時もわたしたちから離れてはおられない」のです。

(2)キリストの昇天の益
 その上で、今晩特に心して学んでおきたいのが続く第49問です。「キリストの昇天は、わたしたちにどのような益をもたらしますか」と、ここでも前回の「キリストのよみがえり」に続いて、私たちにとっての益は何か、と問われます。これに対してハイデルベルク信仰問答は三つの答えを述べるのです。「答:第一に、この方が天において御父の面前でわたしたちの弁護者となっておられる、ということ。第二に、わたしたちがその肉体を天において持っている、ということ。それは、頭であるキリストがこの方の一部であるわたしたちを御自身のもとにまで引き上げてくださる一つの確かな保証である、ということです。第三に、この方がその保証のしるしとして御自分の霊をわたしたちに送ってくださる、ということ。その御力によってわたしたちは、地上のことではなく、キリストが神の右に座しておられる天上のことを求めるのです」。

(3)天でのとりなし
 今晩与えられている御言葉はローマ8章34節です。「罪に定めようとするのはだれですか。死んでくださった方、いや、よみがえられた方であるキリスト・イエスが、神の右の座に着き、私たちのためにとりなしていてくださるのです」。天に挙げられたキリストは、今、私たちのために父なる神の右の座にあって、私たちのためにとりなし続けていてくださる。ちょうどこの朝、ヨハネ福音書14章で「もうひとりの助け主」なる聖霊の神について学びましたが、御子イエス・キリストご自身が私たちのための何よりの弁護者、とりなし手でいてくださるのです。このことは私たちの祈りの言葉を振り返ることで何よりも確かめることのできる事実です。私たちは祈りの結びに「イエス・キリストのお名前によって、御名を通して」と祈ります。まさに私たちの父なる神に向かう祈りは、御子イエス・キリストを通して、御子の御名によっての祈りです。聖霊が私たちに祈りの言葉を授け、祈りの心を起こし、アバ父よと父なる神を親しく呼ぶ信仰を与えてくださり、そうしてささげる祈りを、御子イエス・キリストが父なる神のもとに確かに送り届けていてくださる。この天での御子によるとりなしがあるので、私たちのどんなに貧しい小さな祈りであっても、そのいのりが一つも地に捨て置かれることなく、見過ごしにされることなく、確かに御父のもとに届けられているのです。
 それで私たちはこの聖霊の励ましと、御子のとりなしのゆえに、父なる神に希望を持って、諦めることなく、忍耐強く、信頼の心を持って祈り続けることができるのです。祈りの確かさは私たちの熱心さや言葉の巧みさ、祈りの長さや回数によるのでなく、むしろ御子イエス・キリストの天でのとりなしのゆえである。この事実を私たちが覚えるとき、私たちはそれゆえに熱心に、言葉を尽くして、日々繰り返し繰り返し、たゆみなく祈り続けることができるのであり、またそのように祈るべきなのです。

 



日本同盟基督教団 徳丸町キリスト教会
〒175−0083
東京都板橋区徳丸6−24−10
TEL 03−3935−3405
FAX 03−3935−3445

メールでのお問い合わせ
管理人


Copyritht ©The Evangelical Alliance Mission Tokumarucho Christ Church All Rights Reserved.