ハイデルベルク信仰問答による説教その17 2012/06/03
『よみがえりの益』

コロサイ3:1-4

 今晩は御子イエス・キリストの十字架の死からのよみがえりについてのハイデルベルク信仰問答の説き明かしを通して、キリストのよみがえりが私たちにもたらす「益」を、ご一緒に御言葉から受け取ってまいりたいと思います。

(1)よみがえりの益
 今日取り上げます第17主日は、使徒信条が「三日目に死人のうちよりよみがえり」と言い表す、御子イエス・キリストのよみがえりについての告白です。第45問を読みましょう。「問:キリストの『よみがえり』は、わたしたちにどのような益をもたらしますか。答:第一に、この方がそのよみがえりによって死に打ち勝たれ、そうして、御自身の死によってわたしたちのために獲得された義にわたしたちをあずからせてくださる、ということ。第二に、その御力によってわたしたちも今や新しい命に生き返らされている、ということ。第三に、わたしたちにとって、キリストのよみがえりはわたしたちの祝福に満ちたよみがえりの確かな保証である、ということです」。
 キリスト教信仰の一番の要は何かと言えば、やはり主イエス・キリストの十字架と復活を信じることと言えるでしょう。とりわけキリストの復活を信じることは、多くの人々にとっては大きな躓きとも言えるものですが、しかしここにキリスト教信仰が人間の最大の問題である「死」に対してどのような答えを差し出しているかが最も鮮やかに現れるのです。この点で、今日の信仰問答第45問は実にユニークな言葉となっています。それはキリストのよみがえりが私たちにとって「益」だというのです。しかもここではその益が三つにまとめて説明されていますが、それはキリストがすでになされたこと、今なしていてくださること、そしてこれからなされることという過去、現在、未来という時の推移に従って述べられているのです。まず「すでになされたこと」とは、「この方がそのよみがえりによって死に打ち勝たれ、そうして、御自身の死によってわたしたちのために獲得された義にわたしたちをあずからせてくださる、ということ」とあるように、主イエス・キリストが十字架の死と復活によって獲得してくださった義に今すでに私たちが与って、私たちも義と認められているということです。第二の「今なしていてくださること」とは、「その御力によってわたしたちも今や新しい命に生き返らされている、ということ」とあるように、主イエスによって義と認められた私たちが今すでに、キリストにある命、永遠の命の祝福の中に生かされているということです。

(2)天を見上げて生きる
 今晩開かれているコロサイ3章1節から3節には次のように記されています。「こういうわけですから、もしあなたがたが、キリストとともによみがえらされたのなら、上にあるものを求めなさい。そこにはキリストが、神の右に座を占めておられます。あなたがたは、地上のものを思わず、天にあるものを思いなさい。あなたがたはすでに死んでおり、あなたがたのいのちは、キリストとともに、神のうちに隠されてあるからです」。このようにすでにキリストのよみがえりの命に結び合わされた私たちは、地上にありながら、上にあるものを求め、天にあるものを求めて生きることができる。これがキリスト者の生の原動力と言えるのです。
 先日の金環日食のニュースを見ながら、みんなが天を見上げている姿はいいものだなと思いました。暗闇の立ちこめる時代、希望を見出せない時代にあって、しかし上を見上げ、天を仰いで生きることができる。これこそがキリストのよみがえりのもたらしてくださった益なのです。
 
(3)キリストとともに生きる益
 そして最後にキリストのよみがえりのもたらす第三の益、すなわち「これからなされること」とは、「わたしたちにとって、キリストのよみがえりはわたしたちの祝福に満ちたよみがえりの確かな保証である、ということです」とあるように、キリストのよみがえりがやがての時に迎える私たち自身のよみがえりの希望であり、保証であり、先取りであるということです。コロサイ3章4節にこうある通りです。「私たちのいのちであるキリストが現れると、そのときあなたがたも、キリストとともに、栄光のうちに現れます」。
 キリストのよみがえりが私たちにもたらす益。それは私たちが死をも超えて生きる永遠のいのち、キリストに結ばれたまことのいのちをいただいて、キリストともに生きる希望と勇気が与えられるということに尽きるでしょう。人生において私たちが出会う様々な苦しみ、痛み、悲しみはいずれも死の手前のことです。その手前のことに私たちの心は支配去れ、揺さぶられてしまうのですが、しかし聖書はその先のことを確かに指し示しています。キリストのよみがえりは、キリストを信じる私たちもやがてこのよみがえりに与ることのできる希望の先取りなのです。信仰の世界とはこの「希望の先取り」の世界と言ってもよいでしょう。今の時代、特に震災後の今の私たちに覆い被さっているものは、先行きの見えない、どうしようもないほどの不安です。いったいこの先、私たちの生活はどうなるのか。為政者たちが「大丈夫、大丈夫」、「安全、安全」と言えば言うほど、不安や疑いが増していってしまう。
 しかしそのような中にあって、私たちが目を留めるべきは「上にあるもの」、すなわちよみがえられて天へと挙げられたキリストのお姿です。このキリストは私たちの王の王なるお方として今もこの世界をご自身の御心のままに統べ治めていてくださる。私たちはその御手をひたすら信じ、待ち望みつつ、その天における御心が地でも成し遂げられるようにと祈り続けるのです。ここにおいて、主イエス・キリストのよみがえりの命は、その命に結ばれて生きる私たちの希望となり、明日へと生かしめる力となります。希望とは遠い遙か先のものではなく、信仰において先取りされ、約束において担保された、これ以上ないほどの確かなもの、私たちを日毎に生かす力に他なりません。この力において生きるところに、よみがえりの最大の益があるのです。

 



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