ハイデルベルク信仰問答による説教その7  2012/02/05
『まことの信仰』

ヨハネ17:1〜3

 今晩は、私たちが主イエス・キリストを私の救い主、罪からの贖い主と信じる、その信仰とはいかなるものであるかについて、信仰問答の言葉に手引きされながら御言葉を通して教えられてまいりたいと思います。

(1)まことの救い
 福音の中心にあるのは、私たちが罪と死の中から救われるというメッセージです。そのために神の独り子であるイエス・キリストがまことの神にして、まことの人なるただ一人の仲保者として、私たちの罪の身代わりに十字架にかかって死んでくださいました。では私たちが救われるためには何が必要なのか。どうすれば私たちは救われるのか。この問いを扱うのが今日のハイデルベルク信仰問答の第七主日からの箇所になります。第20問にこう記されます。「問:それでは、アダムを通して、すべての人が堕落したのと同様に、キリストを通してすべての人が救われるのですか。答:いいえ。まことの信仰によってこの方と結び合わされ、そのすべての恵みを受け入れる人だけが救われるのです」。あの二千年前にゴルゴダで起こった主イエスの十字架が、ほかならぬ私のためであったと信じ、受け入れる者。そうやって聖霊によって御子イエス・キリストと結び合わされる者が救われる。これが聖書の福音の中心です。
 ヨハネ福音書3章16節。「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである」。こう記されるとおりです。キリスト教信仰は、誰でも彼でも何でも救われるとは言いません。そこには信仰が必要だというのです。信仰というのは、救われるために行いではありません。様々な難行苦行、たくさんのお布施が必要なのではない。必要なのはただ主イエス・キリストと私たちが一つに結び合わされ、そのすべての恵みを受け入れることだ、というのです。ここに大切なことがあります。信仰とは基本的に受け身の事柄なのです。与えられた恵みを感謝して受け取る、そうして主イエスと結び合わされる。主イエスの近くにいって、主イエスの言葉に聞いて、主イエスのいのちに養われて、主イエスの後について行く。そうしてますます私たちが主イエス・キリストの愛と恵みの中に深く沈潜し、そして主イエス・キリストの似姿へと変えられていく。この主イエス・キリストの結びつきこそが、私たちの救いなのです。

(2)まことの信仰
 ハイデルベルク信仰問答がこのような主イエス・キリストの恵みを受け入れる姿をもって、「まことの信仰」と言い表すところに心を留めたいと思います。ただ「信仰」と言わず、「まことの」と敢えて言う点に、「まこと」でない信仰によって揺さぶられていた当時の教会の姿があったことが想像できますが、しかしこれは単に16世紀のドイツに限ったことではなく、今も様々な誤った教えの風が教会に吹き荒れる時代であることを考えれば、私たちが繰り返し繰り返し確認し続けるべき大切なところだと言えるしょう。
 そこで第21問でとても大切な「まことの信仰」についての問答が記されます。「問:まことの信仰とは何ですか。答:それは、神が御言葉において私たちに啓示されたことすべてをわたしが真実であると確信する、その確かな認識のことだけでなく、福音を通して聖霊がわたしのうちに起こしてくださる、心からの信頼のことでもあります。それによって他の人々のみならずこのわたしにも、罪の赦しと永遠の義と救いとが神から与えられるのです。それは全く恵みにより、ただキリストの功績によるものです」。
 今晩開かれているヨハネ福音書17章は、主イエス・キリストが十字架を前にして、父なる神に私たちのためのとりなしの祈りを捧げてくださった、「大祭司の祈り」と呼ばれる御言葉です。そこで主はこう祈ってくださいました。1節から3節。「父よ。時が来ました。あなたの子があなたの栄光を現すために、この栄光を現してください。それは子が、あなたからいただいたすべての者に、永遠のいのちを与えるため、あなたは、すべての人を支配する権威を子にお与えになったからです。その永遠のいのちとは、彼らが唯一のまことの神であるあなたと、あなたの遣わされたイエス・キリストとを知ることです」。ハイデルベルク信仰が説くまことの信仰の中核にあるのは、「確かな認識」と「心からの信頼」です。この認識と信頼は切り離されるものではありません。相手を知らなければ心から信頼することはできませんし、信頼なしに相手の姿をありのままに知ることもできません。その根底にあるものは「愛」です。聖書が「知る」と言うときには単なる知識の蓄積を意味してはいません。そこでは人格的な交わり、愛の交わりが指し示されています。しかもその愛は、私の中から自然と湧き上がってくるものではなく、まさに恵みによって神が与えてくださるものです。その愛の中で私たちは主の愛を知り、主への信頼が与えられ、主を愛するがゆえに主を知ることへの熱心がかきたてられ、そうしてますます主を信頼する者へと建て上げられていくのです。
 信仰問答は、この主への信頼を「福音を通して聖霊がわたしのうちに起こしてくださる、心からの信頼」と言いました。私たちが礼拝で信仰問答を開くのは、私たちが単にキリスト教についての知識を増し加えるためではありません。むろん私たちは信じることと知ることを切り離して、知識を無用とすることもしない。しかし何のために知るのかを見誤ってはなりません。私たちが主を知るのは、それによってますます主に信頼し、主を愛し、主に仕え、主に従う者となるためであり、そうして私たちが主イエス・キリストと結び合わされるためなのです。そのような信仰の道を私たちは今辿っている。その歩みをコツコツと地道に息長く続けてまいりたいと思います。

 



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