祈祷会
ハイデルベルク信仰問答講解50

「安息日を覚えて、これを聖なる日とせよ。六日間、働いて、あなたのすべての仕事をしなければならない。しかし七日目は、あなたの神、主の安息である。あなたはどんな仕事もしてはならない。」(出エジプト20:8-10)

(1)主の日にささげる礼拝
今日は、十戒の第四回、安息日に関する戒めを取り上げます。まず第103問を見ましょう。「問:第四回で、神は何を望んでおられますか。答:神が望んでおられることは、第一に、説教の務めと教育活動が維持されて、わたしが、とりわけ安息の日には神の教会に熱心に集い、神の言葉を学び、聖礼典にあずかり、公に主に呼びかけ、キリスト教的な施しをする、ということ。第二に、生涯のすべての日において、わたしが自分の邪悪な行いを休み、わたしの内で御霊を通して主に働いていただき、こうして永遠の安息をこの生涯において始めるようになる、ということです」。
十戒が教える安息日の規定は、創世記における創造の七日間にその起源を持つものです。六日にわたって天地万物を創造された主なる神は、「第七日目に、なさっていたわざの完成を告げられた。すなわち、第七日目に、なさっていたすべてのわざを休まれた。神はその第七日目を祝福し、この日を聖であるとされた。それは、その日に、神がなさっていたすべての創造のわざを休まれたからである」(創世記2:2-3)とあるように、すべてのわざを休まれて、この日を祝福し、この日を聖別されました。ハイデルベルクでは、この神の創造の恵みを覚えつつ、また主イエス・キリストの復活がこの創造の恵みの更新であることを覚えつつ、私たちには神から賜る安息を主の日と毎日の生活の中で求めることが期待されているのです。そこでまず「神が望んでおられること」の第一のこととして、「説教の務めと教育活動が維持されて、わたしが、とりわけ安息の日には神の教会に熱心に集い、神の言葉を学び、聖礼典にあずかり、公に主に呼びかけ、キリスト教的な施しをする、ということ」が教えられます。ここで語られているのは、今日の私たちにとっての安息日の教えは、何と言っても主日の公的礼拝に信徒たちが熱心に集い、これを整えることによって全うされるということです。その第一に御言葉の役者としての牧師職が確立、維持され、その職務である説教と教育の務めが確立されること、第二に神の言葉を学ぶこと、第三に聖礼典にあずかること、第四に祈りが重んじられること、第五に献金の祝福が実践されることが教えられます。このようにして人々が熱心に神の教会に集うことによって、人々は神が創造の一日と同じだけの時間を取り分けて、被造物の冠なる人間のために備えてくださった祝福と聖別の恵みにあずかることができるのです。

(2)創造の恵みと安息の祝福
神は人間に、この被造物世界を治めることをお委ねになりましたが、しかしその人間がまことの支配者・統治者である創造主を忘れて、己れを神の立場に引き上げ、この被造物世界を支配する過ちに陥ることのないように、人間が何者であるかを神の御前に確認するための時として安息を定めてくださいました。その日を神の御前に聖別し、すべての手の業を休めて神を礼拝することによって、人は己れの本来のあるべき姿を確認することができるのです。しかし今日、人は安息日すらも被造物との関わりやこの世の働きのために使い切っていまい、神の招集を後回しにしてしまっているのではないでしょうか。休む間もなく働き続けることは、人間の本来の姿の喪失の表れです。昨今、現代社会のあくせくした生き方に対する反省から「スローライフ」が盛んに提唱されますが、聖書的安息の教えは本来あるべき人間のスローライフなのです。

(3)毎日ささげる礼拝
さらに、主日ばかりでなく「神が望んでおられること」の第二は、「生涯のすべての日において、わたしが自分の邪悪な行いを休み、わたしの内で御霊を通して主に働いていただき、こうして永遠の安息をこの生涯において始めるようになる、ということです」。これは私たちの毎日の生活についての教えです。私たちは日々、それぞれの与えられた召命に従ってその手の業に励むのですが、しかしそのようにして日々営まれている生活の実体は、「わたしの内で御霊を通して主に働いて」いただいていることだというのです。まさに主によって贖い取られた聖霊の宮として、私たちの全生活、全存在を通して、主が働いていてくださるのです。このように主なる神に私の人生の主導権を握っていただき、御霊によって働いていただくためには、「わたしが邪悪な行いを休」まなければなりません。私たちの日常は、私が働いて、神が休むのではなく、神が私を通して働いて、私が邪悪な行いを休むことによって成り立つのだというのです。そうして御霊なる神が私の内にあって生きて働いてくださることが、実は私が最も私らしく、自然に、そして手応えのある礼拝的な人生を歩むことにつながるのです。
そのような人生は、いまだこの地上にありつつも、しかしすでに「永遠の安息をこの生涯において始めるようになる、ということです」とハイデルベルクは教えます。このような礼拝的・頌栄的な人生観を、主の戒めを通して学び取り、身につけていくものでありたいと願います。

 



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