祈祷会
ハイデルベルク信仰問答講解44

「私はキリストとともに十字架につけられました。もはやわたしが生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が、この世に生きているのは、私を愛し、私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです」。(ガラテヤ2:20)

(1)神への立ち返りとしての「悔い改め」
 救いをいただいた私たちが、神への感謝を表しながら生きることは「悔い改め」から起こることでした。このことなしに私たち人間は神に祝福される歩みを全うすることができないことを第87問は教えていました。そこで今日の第33主日では、神への悔い改めの内実を問いかけています。まず第88問を見ましょう。「問:人間のまことの悔い改めまたは回心は、いくつのことから成っていますか。答:二つのことです。すなわち、古い人の死滅と新しい人の復活です」。「悔い改めと回心」とは、端的には前の第87問の「神への立ち返り」を指しています。通常日本語で「かいしん」は「改心」と記されますが、聖書の信仰においては自分の心のあり方を改める「改心」ではなく、「回心」すなわち神への方向転換と立ち返りが起こることなのです。ウエストミンスター小教理問答第87問には次のようにあります。「問:命に至る悔い改めとは何ですか。答:命に至る悔い改めとは、それによって罪人が自分の罪を真に自覚し、キリストにおける神の憐れみを悟り、自分の罪を悲しみ、憎みつつ、新しい従順への十分な決意と努力をもって、罪から神に立ち返る、そのような救いに導く恵みの賜物です」(松谷訳)。ここに「罪から神に立ち返る」とあるように、聖書においては罪の本質が神とのあるべき関係の破綻であったことからして、そこから神への立ち返り、方向転換することこそが悔い改めと回心のあり方なのでした。
 ではこの悔い改めの内実とは何か。ハイデルベルクはこれを「古い人の死滅と新しい人の復活」と言います。パウロはローマ書6章で言っています。「私たちは、キリストに死にあずかるバプテスマによって、キリストとともに葬られたのです。それは、キリストが御父の栄光によって死者の中からよみがえられたように、私たちも、いのちにあって新しい歩みをするためです」(6:4)。「もし私たちがキリストとともに死んだのであれば、キリストとともに生きることにもなる、と信じます」(6:8)。「このように、あなたがたも、自分は罪に対しては死んだ者であり、神に対してはキリスト・イエスにあって生きた者だと、思いなさい」(6:11)。このキリストにあって古い人に死に、新しい人に生きるというモチーフは、すでにハイデルベルクの第43問、45問のキリストの十字架の死と復活というキリスト論的あるいは義認論的な関わりで述べられていました。しかしここで新たに繰り返されるのは、このキリストにあって悔い改めと感謝に進む人間が、聖霊の力によってどのように具体的かつ実際的に新しい人として生きていくかという聖霊論的あるいは聖化論的な関わりです。

(2)古い人の死滅、新しい人の誕生
 そこでその内容がさらに説明されます。「第89問:古い人の死滅とは何ですか。答:心から罪を嘆き、またそれをますます憎み避けるようになる、ということです」。「第90問:新しい人の復活とは何ですか。答:キリストによって心から神を喜び、また神の御旨に従ったあらゆる善い行いに心から打ち込んで生きる、ということです」。ここに罪から神への立ち返りとしての悔い改めの内実が明確にされます。かつては神を憎み避け続け、罪を喜び、罪に従って生きてきた私たちが、主イエス・キリストの贖いによって罪赦され、神の子とされて神へと立ち返った時、そのような以前の姿から180度方向転換し、新しくされて、今や「罪を嘆き、またそれをますます憎み避けるように」なり、「キリストによって心から神を喜ぶ」者とされたのです。まさしくまさしくパウロがガラテヤ書で語った「もはやわたしが生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられる」という新しい生の始まり、またIIコリントで語った「新しく造られた者」の誕生がここに起こったと言えるのです。
 このように罪から神に立ち返った人は新しい人として歩み始めるのですが、しかしそのことは別の視点から見れば、神のかたちに創造された人間本来の生きる姿とその目的に立ち返ったことでもあるのです。神のかたちに創造された人間に本来期待され、与えられた生き方は神の契約のもとにあってその御旨にしたがって生きることでした。しかし最初の人アダムの堕落によって罪が入った時から人間は神の姿を損ない、その目的に生きることが不可能になったのです。そして代わって自分自身を神として生き、己れを義として生きるようになりました。しかしそれは神の御心からは遠く離れたものなのです。第91問は言います。「問:しかし、善い行いとはどのようなものですか。答:ただまことの信仰から、神の律法に従い、この方の栄光のために為されるものだけであって、私たちがよいと思うことや、人間の定めに基づくものではありません」。
 今やキリストによって新しく復活させられた新しい人は、「キリストによって心から神を喜ぶ」人であり、「神の御旨に従ったあらゆる善い行いに心を打ち込んで生きる」人であり、そのようにして「この方の栄光のために」生きる人のことです。ちょうどウエストミンスター大教理及び小教理問答の第1問が掲げるあの有名な問いと答えがそのことを最も鮮やかに示しています。「問:人のおもな目的は、何ですか。答:人のおもな目的は、神の栄光をあらわし、永遠に神を喜ぶことです」。

 



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