祈祷会
ハイデルベルク信仰問答講解42

「まことに、あなたがたに告げます。何でもあなたがたが地上でつなぐなら、それは天においてもつながれており、あなたがたが地上で解くなら、それは天においても解かれているのです。まことに、あなたがたにもう一度、告げます。もし、あなたがたのうちふたりが、どんな事でも、地上で心を一つにして祈るなら、天におられるわたしの父は、それをかなえてくださいます。ふたりでも三人でも、わたしの名において集まる所には、わたしもその中にいるからです」。(マタイ18:18-20)

(1)教会戒規の目的
前回に引き続き、教会の戒規の問題を取り上げます。まず第85問を見ておきましょう。「問:キリスト教的戒規によって、天国はどのように開かれまた閉ざされるのですか。答:次のようにです。すなわち、キリストの御命令によって、キリスト者と言われながら、非キリスト教的な教えまたは行いを為し、度重なる兄弟からの忠告の後にもその過ちまたは不道徳を離れない者は、教会または教会役員に通告されます。もしその訓戒にも従わない場合、教会役員によっては聖礼典の停止をもってキリスト者の会衆から、神御自身によってはキリストの御国から、彼らは閉め出されます。しかし、彼らが真実な悔い改めを約束し、またそれを示す時には、再びキリストとその教会の一員として受け入れられるのです」。
 教会の戒規を考える上で重要な聖書的根拠は、旧約聖書に現れる「父の子に対する懲らしめ」という愛に基づいた教育的な面です。ここからしばしば教会戒規は「教会訓練」とも呼ばれます。さらにこの戒規の目的について宗教改革者カルヴァンは『キリスト教綱要』の中で次の三点を挙げています。まず第一は神の教会の秩序と純潔の保持のため、第二は信仰者を他の罪の影響から守るため、そして第三は罪を犯した当事者の悔い改めと魂の獲得のためです。第一の点は、特に主の晩餐との結びつきで理解されるべき所です。ハイデルベルクもカルヴァンの線で戒規を位置づけていることは第81問以降の論述の仕方からも分かります。主の晩餐の食卓の聖さを守るため、キリストのからだと血にあずかることの相応しさが絶えず吟味されなければならず、そこにおいては教会の戒規がこの秩序と純潔を保持する手段として用いられるのです。第二の点は、教会の中に罪を放置することによって罪の影響が広がることを防ぐという目的です。そのために罪を犯した当事者を懲らしめるということをしなければならないのです。そして第三の点は、このようにして懲らしめを受けた当事者が正しい悔い改めの道を通って主にある交わりに回復され、その魂が獲得されるという目的です。この第三の点において、ローマカトリックの破門の教えとの違いが際立つことになります。戒規は決して罪を犯した信仰者の断罪と放逐のためにあるのではなく、悔い改めと魂の獲得のためにあるのです。この点は第85問の結びの部分で語られている通りです。「彼らが真実な悔い改めを約束し、またそれを示す時には、再びキリストとその教会の一員として受け入れられるのです」。
 
(2)教会戒規の道筋と種類
さて前後しますが、第85問は鍵の務めとしての戒規がどのように用いられるべきかを次のように教えます。「キリストの御命令によって、キリスト者と言われながら、非キリスト教的な教えまたは行いを為し、度重なる兄弟からの忠告の後にもその過ちまたは不道徳を離れない者は、教会または教会役員に通告されます。もしその訓戒にも従わない場合、教会役員によっては聖礼典の停止をもってキリスト者の会衆から、神御自身によってはキリストの御国から、彼らは閉め出されます」。ここには戒規に至る道筋、また戒規の種類が述べられます。まずその道筋に関しては、マタイ福音書における主イエス御自身の教えに沿って論じられます。「また、もし、あなたの兄弟が罪を犯したなら、行って、ふたりだけのところで責めなさい。もし聞き入れたら、あなたは兄弟を得たのです。もし聞き入れないなら、ほかにひとりかふたりをいっしょに連れて行きなさい。ふたりか三人の証人の口によって、すべての事実が確認されるためです。それでもなお、言うことを聞き入れようとしないなら、教会に告げなさい。教会の言うことさえも聞こうとしないなら、彼を異邦人か取税人のように扱いなさい。まことに、あなたがたに告げます。何でもあなたがたが地上でつなぐなら、それは天においてもつながれており、あなたがたが地上で解くなら、それは天においても解かれているのです」。このように戒規に進む道は個人的な訓戒、複数による訓戒、教会会議による戒規という段階を経るように定められています。
また今日、戒規の種類としては「訓戒」、「陪餐停止」、「除名」の三種が定められていますが、これらは聖書の教えと教会の歩みの中でこれまで用いられて来たものであり、それぞれは教会による慎重な手続きと牧会的配慮を踏まえた上で、最終的に教会のかしらなる主イエス・キリストの御名の権威に基づいて執り行われるものです。このように教会戒規の執行は極めて厳粛なものであり恣意的な取り扱いは厳に戒められなければなりませんが、しかし教会が主イエスが託された務めを正しく管理し、それを執行できる群れであるように整えられていることもまた大切なことです。それらを踏まえつつ、主イエスが上記の教えに続いて語られた言葉をしっかりと覚えたいと思います。「まことに、あなたがたにもう一度、告げます。もし、あなたがたのうちふたりが、どんな事でも、地上で心を一つにして祈るなら、天におられるわたしの父は、それをかなえてくださいます。ふたりでも三人でも、わたしの名において集まる所には、わたしもその中にいるからです」(マタイ18:19-20)。祈りの中で教会はこの務めを担いながら建て上げられていく。このことの意味を深く心に刻みましょう。


 



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