祈祷会
ハイデルベルク信仰問答講解30

「イエスは彼に言われた。『まことに、あなたに告げます。あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます』」。(ルカ23:43)。

(1)よみがえりと栄化の祝福
 いよいよ第22主日で使徒信条の講解が終わりますが、その最後の箇条である「身体のよみがえり、永遠の命を信ず」について学ぶことにします。第57問と第58問のいずれの問いも「あなたにどのような慰めを与えますか」という問いかけになっています。これまでにも信仰問答の問いの形の違いに注目してきましたが、ここにもハイデルベルクの特徴がよく表れていると言えるでしょう。この信仰問答は身体のよみがえりと永遠の命の問題を、単なる人間の死後の状態への興味関心として扱うのではなく、それらが基本的に信仰者の慰めに関わる問題としてとらえていることが分かります。
 さて、身体のよみがえりについて、第57問は次のように二つの点を挙げて答えます。第一に「わたしの魂が、この生涯の後直ちに、頭なるキリストのもとへ迎え入れられること」、第二に「やがてわたしのこの身体もまた、キリストの御力によって引き起こされ、再びわたしの魂と結び合わされて、キリストの栄光の御体と同じ形に変えられる、ということです」。ここには死後の魂と身体の状態について述べられていますが、まず第一の点で大切なのは「直ちに」という一語です。魂は死後直ちに頭なるキリストのもとに迎え入れられる。そして第二に、やがての時に身体も復活させられ、魂と結び合わされ、キリストの栄光の身体と同じ形に変えられる、すなわち「栄化」される、というのです。もちろん聖書の人間観によれば霊肉二元論はありえませんし、永遠の領域において第一、第二という時間的段階を想定することもできません。けれどもこの問答の意図を理解するには、その背景となった当時の教会の状況を考えることが必要なのです。
 この教理の背景にあったのは、一方で当時のカトリック神学が構築して「煉獄」の教理と、他方では古代のプラトン哲学の流れをひく「霊魂不滅説」でした。これらの誤った理解に対して正しい聖書的信仰を示そうとするのがこの問答の意図だったのです。煉獄の教えによれば、死んだ後の人間の霊魂は煉獄に移され、そこである者は償いをし、ある者はとりなされることによって完全な救いを得るための一時的な場所とされますが、聖書がそのような中間的な状態についての教えを拒否していることは冒頭に開いたルカ福音書の御言葉からも明らかです。あわせてヨハネの手紙一3章2節、ピリピ書3章21節をも読んでおきたいと思います。「愛する者たち、私たちは、今すでに神の子どもです。後の状態はまだ明らかにされていません。しかし、キリストが現れたなら、私たちはキリストに似た者となることがわかっています。なぜならそのとき、私たちはキリストのありのままの姿を見るからです」。「キリストは、万物を御自身に従わせることのできる御力によって、私たちの卑しいからだを、御自身の栄光のからだと同じ姿に変えてくださるのです」。

(2)神とともなる完全な祝福
 さて、このようにして身体のよみがえりの信仰を賜っている私たちは、その後迎え入れられる永遠の命の祝福についても確かな希望と約束を頂いています。死の問題に対する解決が与えられていることの恵みの大きさを思うものです。ハイデルベルクの第58問は、この永遠の命の信仰が私たちにもたらす慰めを次のような希望に溢れる語り口で語りました。「わたしが今、永遠の喜びの始まりを心に感じているように、この生涯の後には、目が見もせず耳が聞きもせず、人の心に思い浮かびもしなかったような、完全な祝福を受け、神を永遠にほめたたえるようになる、ということです」。
 ここで大切なことは、第一に「今、永遠の喜びの始まりを心に感じている」ということです。永遠の命の希望は、今を生かす力です。希望によって私たちの日常は様々な苦しみや困難の中にあっても前へと進んでいくことができるのです。私たちは日々の生活の中であれこれと思い煩い悩むものですが、しかし永遠の命の祝福に比べるならば究極的にはそれらは実に取るに足らないこととも言えるでしょう。今この私の中に永遠の命がある。この事実は御言葉と御霊によって私たちにもたらされ、そこに喜びが生まれるのです。パウロはローマ書で次のように語りました。「神の国は飲み食いのことではなく、義と平和と聖霊による喜びだからです」(ローマ14:17)。この喜びを今味わうことが許されている者として、希望のうちを歩む者でありたいと願います。また第二のことは、この生涯の後には「完全な祝福を受け、神を永遠にほめたたえるようになる」ということです。しかもそれは「目が見もせず耳が聞きもせず、人の心に思い浮かびもしなかったような」祝福であると言うのです(Iコリント2:9参照)。
 ここに永遠と今の時の連続と不連続があります。永遠の命に与る状態は今すでに喜びにおいて始まっていると言う点では連続性がありますが、しかしそれが私たちにもたらされる時には、それは私たちの思いを遙かに越えた完全な祝福として与えられるのです。永遠に神とともにあること。それが主イエス・キリストが贖いによって獲得し、聖霊によって私たちに分け与えられた完全な祝福なのです。この恵みを今、喜ぶ私たちでありたいと願います。

 



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