祈祷会                               
ハイデルベルク信仰問答講解14

「神である主の霊が、わたしの上にある。主はわたしに油をそそぎ、貧しい者に良い知らせを伝え、心の傷ついた者をいやすために、わたしを遣わされた」(イザヤ61:1)。

(1)メシヤ(油注がれた者)なるイエス・キリスト
 前回は主イエス・キリストのお名前の「イエス」という意味を学びました。そして今日取り上げます第31問と第32問は、後半の「キリスト」という名前の持つ意味を教える箇所です。第31問には次のようにあります。「なぜこの方は『キリスト』すなわち『油注がれた者』と呼ばれるのですか」。「キリスト」という名前は旧約聖書の「メシヤ」すなわち「油注がれた者」を意味しています。旧約の時代、預言者や祭司、王といった特別な働きに立つ者は、その職に就くにあたって油注ぎの儀式を受けました。しかし真の意味での「油注がれた者」であるのは父なる神様から聖霊の油注ぎを受けられた主イエス・キリストであると言うのです。「なぜなら、この方は父なる神から次のように任職され、聖霊によって油注がれたからです」。
 ここで大切なことは、主イエス・キリストがその存在とお働きによって私たちのために成し遂げて下さった贖いの御業はすべて父なる神様からの油注ぎによって果たされる「職務」「務め」であるということです。つまり主イエス・キリストは父なる神様の御心を行うためにその職に任ぜられ、その使命を帯びて遣わされた御方であるということです。最初に読んだイザヤ書の預言はまさにこのメシヤへの油注ぎを語った御言葉であり、ルカ4章14節以下の所で、主イエス・キリスト御自身が、まさしく御自分がこの油注がれた者であり、この預言が御自身によって成就したと語っておられます。

(2)キリストの三重の務め
ではこのキリストが果たされる職務とはどのようなものでしょうか。第31問の答えの続きを読みましょう。「すなわち、私たちの最高の預言者また教師として、私たちの贖いに関する神の隠された熟慮と御意志とを、余すところなく私たちに啓示し、私たちの大祭司として、御自分の体による唯一の犠牲によって私たちを贖い、御父の御前で私たちのために絶えず執り成し、私たちの永遠の王として、御自分の言葉と霊とによって私たちを治め、獲得なさった贖いのもとに、私たちを守り保ってくださるのです」。ここでキリストの職務が「預言者、祭司、王」であると言われます。これは伝統的に「キリストの三重職」と呼ばれるもので、キリストの務めを理解する上で重要な教えです。まずそれぞれの引証聖句を見ておきましょう。まず預言者職については使徒3章19節以下、祭司職についてはヘブル書7章17節、王職についてはマタイ21章5節にそれぞれ旧約聖書の引用という仕方で記されています。
 そこで主イエス・キリストが預言者であられるとは、何よりもまず御自身の口をもって神の救いの御計画を余すところなく私たちに啓示して下さったということです。主イエスは「私たちの最高の預言者また教師として、私たちの贖いに関する神の隠された熟慮と御意志とを、余すところなく私たちに啓示し」て下さる御方です。ヨハネ1章18節に次のようにあります。「いまだかつて神を見た者はいない。父のふところにおられるひとり子の神が、神を説き明かされたのである」。また15章15節には「わたしはもはや、あなたがたをしもべとは呼びません。しもべは主人のすることを知らないからです。わたしはあなたがたを友と呼びました。なぜなら父から聞いたことをみな、あなたがたに知らせたからです」ともあります。このように主イエス・キリストは父なる神様の私たちに対する救いの御心を御自身を通して明らかにして下さったのです。
この預言者なるイエス・キリストは同時に祭司の職をも担われます。主イエスは「私たちの大祭司として、御自分の体による唯一の犠牲によって私たちを贖い、御父の御前で私たちのために絶えず執り成し」て下さる御方です。ヘブル書9章11節、12節には「しかしキリストは、すでに成就したすばらしい事がらの大祭司として来られ、手で造った物でない、言い替えれば、この造られた物とは違った、さらに偉大な、さらに完全な幕屋を通り、また、やぎと子牛との血によってではなく、ご自分の血によって、ただ一度、まことの聖所にはいり、永遠の贖いを成し遂げられたのです」(9:24-28も参照)とあります。このように主イエス・キリストは父なる神の贖いの御心を語られただけでなく、この贖いのために御自身が只一度の完全な犠牲となって捧げられて下さったのです。この意味で主イエス・キリストは私たちのために取りなすだけでなく、そのための犠牲ともなって下さった唯一、最高の大祭司であると言えるのです。しかもこの祭司は私たちのために執り成し続けて下さる御方です。同じくヘブル書7章24節に「しかし、キリストは永遠に存在されるのであって、変わることのない祭司の務めを持っておられます。したがって、御自分によって神に近づく人々を、完全に救うことがおできになります。キリストはいつも生きていて、彼らのために、とりなしをしておられるからです」とある通りです。
さらに預言者であり祭司である主イエス・キリストは真の王であられます。主イエスは「私たちの永遠の王として、御自分の言葉と霊とによって私たちを治め、獲得なさった贖いのもとに私たちを守り保ってくださるのです」。ここにはキリストが御自身の贖いの恵みによって獲得して下さった御自身の民をどのように治め、守り、保ち給うかが教えられています。それは「御言葉と御霊」です。マタイ福音書28章18節に「わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています」とあり、ピリピ書2章9節に「それゆえ、神は、キリストを高く上げて、すべての名にまさる名をお与えになりました」とあるように、私たちの主イエス、とりわけ復活の主イエス・キリストは天と地のすべての権威を持つ王として今おられ、そして再び来たり給う御方なのです。しかもエペソ書1章22節に「また、神は、いっさいのものをキリストの足の下に従わせ、いっさいのものの上に立つかしらであるキリストを、教会にお与えになりました」とあるように、この王なるキリストはその支配と統治を教会のかしらとしての所から行使なさるというのです。つまり御言葉と御霊による統治は、単に教会の内側のあれこれに関することに限定されるのではなく、むしろ教会を通しての神の支配、神の国の統治にまで及んでいるのです。ゆえに私たちが主の日の礼拝の度毎に聖霊を求めて祈り、御言葉を頂いて世に遣わされる時、聖霊なる神がともに働いて下さることを願い、そして御言葉とともに働かれる御霊によって天にある主イエス・キリストと一つに結び合わされていくのです。これが贖い主の三重職が私たちにもたらす恵みなのです。



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