祈祷会
ハイデルベルク信仰問答講解1

 今日から、皆さんとご一緒に祈祷会で「ハイデルベルク信仰問答」を学びたいと願っています。問答の内容は来週以降学び始めることとして、今日は第一回目という事で、この問答の成立の背景や特色についてお話ししておきたいと思います。

(1)信仰問答について
 「信仰問答」とは「カテキズム」という言葉の翻訳です。教会はその当初から、信仰の初歩にある人々や、子どもたちに対する信仰教育の必要性を認め、聖書の基本的で中心的な教理を教えることに熱心でした。古代の教会は、洗礼志願者のための準備教育をカテケーシスと呼ぶようになり、さらにはそのために用いる教材文書をカテキスモスと呼ぶようになりました。このカテケーシスのもとの言葉となる動詞カテケオーは「上から響かせる、繰り返し響かせる」という意味の言葉ですが、そこから「教える」という意味を持つに至った言葉で、新約聖書でもルカ1:4や使徒18:25、21:21等で用いられています。このカテケーシスの伝統はその後の教会の歴史に受け継がれていきましたが、あらためてその重要性が認識されたのは宗教改革の時代でした。プロテスタント教会はこの古代以来の教理問答教育の伝統をことさらに重視してその回復につとめ、膨大かつ多様な信仰告白・信仰問答文書を生み出すに至ったのです。
 
(2)ハイデルベルク信仰問答の成立
 ハイデルベルク信仰問答は、1563年に南ドイツ、プファルツ選帝候国のフリードリヒ三世のもとで作成されました。当時のドイツは幾つかの領邦国家によって形成されていましたが、プファルツはその中心的な国家であり、ハイデルベルクはその首都でした。当時ドイツ国内はカトリックとルター派に二分されていましたが、プファルツは改革派信仰による改革を推進しており、そのためルター派との間に対立が生じていたのです。この対立を解消するために、フリードリヒ三世は改革派信仰が聖書に固く立ち、古代以来の公同の信仰に則った健全な教えであることを内外に示す必要に迫られたのでした。
 そこでフリードリヒは、ハイデルベルクの若き神学者ウルジヌス、オレヴィアヌスを中心とした「当地のすべての神学校教授、監督、牧師達」(初版序文)を総動員してこの信仰問答を作成させ、1563年1月に初版、同年2月には第二版が、4月に第三版が決定版として出版され、1563年11月15日には第四版がプファルツ教会規定のカテキズムの項として組み込まれた形で出版されるに至ったのです。その後、すぐさまヨーロッパ各国の言葉に翻訳され、やがてはアメリカ、アジアの教会にもたらされ、今日の改革派伝統に立つ最も代表的な信仰問答として読みつがれ、学ばれ続けているのです

(3)ハイデルベルク信仰問答と日本の教会
 「ハイデルベルク信仰問答」は日本の教会にも大変なじみの深いもので、明治時代、横浜に最初のプロテスタント教会が建てられて間もなく最初の翻訳が出版されています。特に日本のプロテスタント史において重要な意義を持つ日本基督一致教会の時代には、ハイデルベルク信仰問答がウエストミンスター信仰告白、小教理問答、ドルト規定とともに憲法として採用されていたという歴史もあります。石丸新先生が著された『改革派カテキズム日本語訳研究』(新教出版社,1996)に、現在確認できるすべての和訳の記録が載っていますが、そこでは実に22種類もの日本語訳があると記されています。私の手元にあるのはそのうちの9種類だけですが、その中で最も広く読まれたのは、竹森満佐一先生による訳文でしょう(『ハイデルベルク信仰問答』竹森満佐一訳,新教新書,1987)。竹森訳は1949年の初版から1961年の改訳を経て、実に52版を数えるこの種の本としては驚くべきベストセラーとなりました。今でもこの竹森訳は日本語訳ハイデルベルクの代表的な価値を担っていますが、今回は、内容理解の助けとして相応しく、新しい日本語訳である、吉田隆先生による訳文をテキストに用いることにします。
 いずれにせよ、これらの事情からだけでも、日本の教会がこの信仰問答によってどれほどの養いを受けてきたかを知ることができるように思います。いわゆる「福音派」と呼ばれる私たちの教会の伝統では、祈りや伝道への熱心さの反面、教理を学ぶということをそれほど深く顧みてこなかったという反省があります。私たちがこの集いにおいて地道に教理を学び続けていくことによって、教会の土台が盤石になっていくことを願っています。

(4)ハイデルベルク信仰問答を学ぶ意義
しばしば信仰問答書の類は、聖書を離れて権威化・固定化され、かえって信仰の生命力を失わせるものとして否定的に評価される場合がありました。確かに教会の歴史の中にはそのような現象があったことも否むことの出来ない事実です。あるいはまた、400年以上も昔のヨーロッパの信仰文書を学ぶことは単なる懐古趣味であるとの批判もあります。しかし信仰問答書が聖書を超えて絶対化されることは本来あり得ないことです。教会は古くから聖書を「規範化する規範」、信仰問答書を「規範化される規範」と呼んできました。つまり聖書こそが唯一絶対の規範であり、信仰問答は聖書の下にあって、それを解釈し、適用することにおいて教会の信仰の規範としての位置に立っていると言えるのです。信仰の先達たちがどのように聖書を読み、それを信じ、教会を建て上げてきたかを学ぶことによって、私たちは代々の教会との交わりにも与ることが出来るのです。 
 そこで、私たちがハイデルベルク信仰問答を学ぶ意義を三つのまとめて申し上げておきたいと思います。第一は教理教育の教材としての意義です。私たちの教会は聖書とその教理を重んじて来ましたし、これからもそうあり続けたいと願います。中世の神学者アンセルムスは「信仰は知解を求める」と言い、ハイデルベルク信仰問答自体も信仰の定義として「神が御言葉において啓示されたことすべてを私たちが真実であると確信する確かな認識である」(第21問)と語っています。この認識は単なる知的好奇心を満足させるものではなく、生き生きとした信仰を培う真の認識なのです。ですから、信仰問答によって聖書を学ぶことが私たちの信仰の足腰を鍛え、教会の土台を固く保たせるために有益なのです。
 第二は、教会の法としての意義です。元来ハイデルベルク信仰問答は、プファルツの教会規程の一部として作成されました。つまり教育の素材であると同時に教会の法としての規範性を持っていたのです。教会の法としての規範性は、なによりもまず礼拝の規範、説教の規範として機能します。信仰問答の教えによって礼拝を整え、また説教を整えるのです。教会は絶えず聖書の教えに固く立ち続けなければなりませんが、その一方で異端的な教えの風にさらされていることをも認めなければなりません。そのためには聖書に照らして教理の真偽を判断する基準が必要となります。そのためにこの信仰問答が有益に機能するのです。実際、今日でも欧米やアジアの改革派教会では、ハイデルベルク信仰問答を教会憲法として公的に採用していますし、特にオランダでは毎主日午後の礼拝でハイデルベルクの講解がなされ、教師はこれに精通していることが求められているのです。
 そして第三は、信仰の慰めとしての意義です。この点は実際にこの問答を第一問から読み進めていく中で自ずと明らかになる点です。そしてこの点こそがハイデルベルク信仰問答の中心的な価値であり、また私たちがこれを学ぶ意義でもあります。この問答によって私たちがいよいよ聖書に親しみ、信仰の慰めに生きることが出来るならば、この学びの目的は充分に達せられたと言うことが出来るでしょう。



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