五十音順主題説教その5   2020/06/21
『奥義』

コロサイ1:26-27
 
 6月第三の主日の夕べを迎えました。今日から朝の礼拝は教会に集まって献げられるようになりました。あらためて共に集って主を礼拝できる喜びと幸いを感謝しました。夕拝はしばらくの間、ライブ配信によって行われますが、共に主の臨在の前に進み出て、御言葉に聴いてまいりましょう。

(1)明らかにされた奥義
 今晩は五十音順主題説教の第五回、「あ」行の最後の「お」で、「奥義」としました。「奥義」。新約聖書の言葉では「ミュステーリオン」、「奥義」のほかに「秘儀」とも訳される言葉で、英語の「ミステリー」のもとになった言葉です。ミステリー小説やドラマでは多くの場合、例えば何かの事件が起こり、その犯人捜しを軸にお話しが進む。「この人が怪しい」、「いやもしかしてこの人かも?」などとあれこれ考えながら読み進めるのが醍醐味でしょう。その点では異色だったのが「刑事コロンボ」だったり「古畑任三郎」でした。最初に犯人が明らかにされてそこから犯人を追い詰めていくという倒叙法を用いた展開です。
 そもそも「奥義」、ミュステーリオンというのはバビロニアやペルシア、エジプトなど古代オリエント世界で発展した宗教では、特別に許された者しか与ることのできない宗教儀式や、知らされることのない特別な教えがあり、それがやがてヘレニズム時代の地中海世界で発展し、「密儀宗教」と呼ばれるようになったと言われます。今では例えばラーメン屋さんで修行して、師匠からようやく教えてもらう「秘伝のスープ」などということがありますが、密教系の仏教などで厳しい修行を終えた人にだけ与えられる「秘伝」も「奥義」の一つです。このように本来奥義とは誰もが知ることができるものではない、特別に許された人だけが知ることができるものです。ですからそこに「知っている人」と「知らない人」の差が生まれる。政治や行政の世界でも誰がどこまでの情報にアクセスする権限を持っているかが、ある種の権威や力のバロメーターになるもので、何かを知りうる立場にいるということが、ある特権階級を作り出すということがあるのです。
 ところが新約聖書でパウロが「奥義」という時、そこではその意味が大きく変えられて使われています。その顕著な例がコロサイ書1章26節です。「すなわち、世々の昔から多くの世代にわたって隠されてきて、今は神の聖徒たちに明らかにされた奥義を、余すところなく伝えるためです」。パウロは隠されてきた奥義が今は明らかにされていると言います。もはや奥義は開示された。エペソ書3章5節でもこう言われます。「この奥義は、前の時代には、今のように人の子らに知らされてはいませんでしたが、今は御霊によって、キリストの聖なる使徒たちと預言者たちに啓示されています」。コロサイ書の「世々の昔」がエペソ書では「前の時代」と言われ、かつては隠されていた奥義が、今や明らかに啓示されているというのです。皆に知らせてしまっては奥義でなくなってしまい、知っている者たちの特権が失われてしまうのですが、聖書はむしろ奥義を広く人々に知ってほしい。どんどん明らかにして伝えようとする。そういうものとして「奥義」をとらえているのです。
(2)神の奥義、キリスト
 では、そのようにして明らかにされた奥義とはいったいどのようなものだったのか。27節でこう語られます。「この奥義が異邦人の間でどれほど栄光に富んだものであるか、神は聖徒たちに知らせたいと思われました。この奥義とは、あなたがたの中におられるキリスト、栄光の望みのことです」。ここで奥義とは「あなたがたの中におられるキリスト」のことだと語られる。また2章2節、3節もお読みします。「私が苦闘しているのは、この人たちが愛のうちに結び合わされて心に励ましを受け、さらに、理解することで豊かな全き確信に達し、神の奥義であるキリストを知るようになるためです。このキリストのうちに、知恵と知識の宝がすべて隠されています」。ここでも「神の奥義であるキリスト」と言われています。
 要するに、永遠の救いのご計画をお立てになり、それを実行に移された父なる神は、まず旧約においてアブラハムを召し、イスラエルの民との間に契約を結び、その契約の実現に向けて歴史を導いて来られた。これが私たちが手にしている創世記からマラキ書に至るまでの旧約聖書に記されることです。そしてこの旧約の指し示した救いの契約の成就として、人としてこの地上にお出でくださった神の御子イエス・キリスト。この御子の来臨によって救いの約束は成就し、更新され、やがての全き完成に向かっていく。これがマタイ福音書からヨハネ黙示録に至るまでの新約聖書に記されることです。事実、御子が人となって来られ、十字架の贖いを成し遂げ、復活され、天に昇られ、御父の右の座に着き、助け主の聖霊を送り、今、私たちのために執り成しつつおられ、やがて神の国の完成をもたらすために再びお出でになる。まさにこの神の救いのご計画の歴史の実現の中心におられるお方こそが、栄光の望み、神の奥義なるイエス・キリストであられるのです。この壮大な神の救いの御心について語っているのが、エペソ書1章9節、10節です。「その奥義とは、キリストにあって神があらかじめお立てになったみむねにしたがい、時が満ちて実行に移され、天にあるものも地にあるものも、一切のものが、キリストにあって、一つに集められることです」。
 この奥義なるキリスト、歴史の中心におられるキリストを、今日も私たちは朝に夕に礼拝し、そしてこの明らかにされた神の奥義なるキリストを、今日も私たちは信じ、告白し、そしてこの明らかにされ、世界の希望であられるキリスト、「世々の昔から多くの世代にわたって隠されてきて、今は神の聖徒たちに明らかにされた奥義を、余すところなく伝えるため」に今日も私たちは召されています。この召しを受け取って、今週も遣わされてまいりましょう。

 



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