朝拝(ガラテヤ書講解7) 2007/02/25
『「かつて」と「今は」』

ガラテヤ1:18-24

 この朝は、パウロ自身が自らの救われてからの歩みを振り返って語る言葉を通して、「今あるはただ神の恵み」と証ししながら生きる信仰者の姿について、ともに御言葉から教えられたいと思います。

(1)アラビヤでの三年間
 パウロはかつてのの教会を迫害する者であった自分が、今、こうしてキリストの福音を宣べ伝える者とされた理由を「生まれたときから私を選び分け、恵みをもって召してくださった方」によると語り、そこから自分自身の召命の出来事を語り始めました。彼はダマスコ途上で復活の主イエスと出会って救われ、アナニヤに導かれて信仰の告白に至った、あの使徒の働き9章の出来事を振り返り、さらに続いてこう記しました。17節。「先輩の使徒たちに会うためにエルサレムにも上らず、アラビヤに出て行き、またダマスコに戻りました」。このダマスコからアラビヤへ、という道筋は使徒の働きには記されず、ただこのガラテヤ書においてのみ知られる情報です。続く18節には「それから三年後に」とありますので、パウロのアラビヤ滞在は三年に及ぶものであったことが分かるのですが、このいわば沈黙の三年間をパウロはいったいどのような時として過ごしたのでしょうか。
パウロにとっての三年という日々も恐らくその時間だけからでは推し量ることのできない実に密度の濃い日々だったのではないでしょうか。それはかつての自分が犯してきた罪と向き合う悔い改めの時であったでしょうし、今の自分に与えられた救いについて深く感謝する時であったでしょうし、これからの自分が伝えていく福音について新しく学び、その福音を宣べ伝えるという新しい召命について確信を得るための時でもあったことでしょう。ある人は彼が本当に主イエスの弟子として歩むために、かつて十二弟子たちが主イエスとともに過ごした三年と同じ時間が必要であったのではないかと言っていますが、確かにそういう学びと訓練の日々であったのかもしれません。これとの引き合いに出されるのが、神学校での三年間の学びの日々の意味です。伝道者になるのに三年では短いと言われることもありますが、しかし与えられた日々の中で真剣な学びと訓練、与えられた召命の吟味がなされるのであって、そこでは一方でははやる気持ちを抑えて地道な学びを習得していかなければなりませんし、他方では福音に献身する覚悟をいろいろな仕方で吟味され、揺さぶられ、確かめられることになるのです。パウロのアラビヤでの三年は、まさにそのような伝道者としての備えの日々であったと言えるのではないでしょうか。

(2)エルサレムでの十五日間
 続いて18節から20節。「それから三年後に、私はケパをたずねてエルサレムに上り、彼のもとに十五日間滞在しました。しかし、主の兄弟ヤコブは別として、ほかの使徒にはだれにも会いませんでした。私があなたがたに書いていることには、神の御前で申しますが、偽りはありません」。回心後、アラビヤでの三年間を過ごしたパウロはエルサレムに上ったと記されます。その目的は「ケパ」すなわち主イエスの筆頭弟子であり、当時エルサレム教会の指導者でもあったペテロへの面会のためであったというのです。このあたり、使徒の働きにおけるルカの書き方と比べてみるといろいろと興味深いことに気づきます。この時の様子をルカは使徒9章26節から28節で次のように記します。「サウロはエルサレムに着いて、弟子たちの仲間にはいろうと試みたが、みなは彼を弟子だとは信じないで、恐れていた。ところが、バルナバは彼を引き受けて、使徒たちのところに連れて行き、彼がダマスコへ行く途中で主を見た様子や、主が彼に向かって語られたこと、また彼がダマスコでイエスの御名を大胆に宣べ伝えた様子などを彼らに説明した。それからサウロは、エルサレムで弟子たちとともにいて自由に出はいりし、主の御名によって大胆に語った」。前回も申し上げたように回心後のパウロはすんなりと教会に受け入れられたわけではなく、特にエルサレム教会を中心としてユダヤ人キリスト者の間には彼の救いと回心を疑う者や複雑な心境でいた人々も少なくありませんでした。それはある意味当然のことであり、パウロが負っていかなければならない十字架、返さなければならない負債意識のもとにずっとあり続けたことです。そんなパウロがやがてエルサレムからも認められた伝道者となって行ったのは、一つには使徒の働きが記すバルナバのとりなしに負うところが大きいのですが、しかしそれ以上に決定的なのは、彼が宣べ伝えていた福音が真実な言葉だったからにほかなりません。ですからパウロはガラテヤ書で自分の使徒職の権威を人によらず神によったと強調するのです。
 ある見方からすれば、パウロのエルサレム行きは人によらずと言っていたパウロが、実際にはペテロのお墨付きや人間的な権威付けを求めに言ったのではないかと言われそうなのですが、パウロの言葉にはそのような疑いを打ち消そうとする意図が見て取れます。エルサレムの有力な教会指導者たちに顔を売って自分の使徒としての権威の後ろ盾になってもらおうというような打算的な動機は自分の中には一つもない。だから自分はペテロにしか会わなかったし、主の兄弟ヤコブとも顔を合わせた程度だというのです。それならばなぜパウロはエルサレムに行ったのか。それは今後彼が中心となって繰り広げられていく異邦人への宣教が、エルサレム教会を中心に進められていく福音宣教と何ら異なるものではなく、むしろ同じ主イエス・キリストの十字架と復活の福音を宣べ伝えるものにほかならないことをはっきりと示すためなのでした。福音宣教におかしな縄張り意識はありません。お互いのテリトリーを侵してはならないとか、地域の顔役に面通しをしなければならないとか、誰の許しを得て、というようなどこかの世界のような話ではない。誰が宣べ伝えるかよりも、何が宣べ伝えられるかが重要なことです。しかしその一方で宣教への責任感は自らが負わなければならない。あなたがそこで宣教に励むなら、私はここでしっかりと自分の責任を果たします。そういう宣教の重荷の引き受け方ということをパウロの姿から学んでおきたいとも思うのです。

(3)「かつて」と「今は」
 続いてパウロはエルサレム上京後のこととして、シリヤ、キリキヤ地方への旅について語ります。21節、22節。「それから、私はシリヤおよびキリキヤの地方に行きました。しかし、キリストにあるユダヤの諸教会には顔を知られていませんでした」。この一件は恐らく使徒の働き13章から14章にかけて記される、パウロとバルナバの第一次伝道旅行を指していると思われるところです。ここで注目しておきたいのは、パウロが第一次伝道旅行の成果を語るのではなく、ユダヤ人キリスト者たちの反応だけを記しているという点です。パウロはエルサレムの権威のお墨付きを後ろ盾に伝道の生涯を開始したのではなく、あくまでもそれらとは別に、ただ自らの召命に堅く立ち、委ねられた主イエスの福音をもって宣教の旅路を全うして行ったのであり、「キリストにあるユダヤの諸教会には顔を知られていませんでした」と敢えて記すことによって、その宣教が独立した働きであったことを強調しています。しかしこのようにパウロとエルサレム教会、そしてユダヤ人キリスト者との直接の関わりがないことが明らかにされることで、次の言葉が非常に鮮明に響いてくることになるのです。23節、24節。「けれども、『以前私たちを迫害した者が、そのとき滅ぼそうとした信仰を今は宣べ伝えている。』と聞いてだけはいたので、彼らは私のことで神をあがめていました」。ユダヤ人キリスト者たちは、直接パウロとの面識をもっていない。それなのに彼の姿を通して神をあがめているというのです。そのような評判の根拠もパウロが宣べ伝えていた福音の真実さによってのことでしょう。彼が宣べ伝えている福音は真実だ。だから彼の回心は本物だ。彼はかつては教会の迫害者だったが今は違う。今は立派な福音宣教者だ。こういってパウロの宣教に太鼓判を押しているのです。
 主イエス・キリストと出会う前は、憎しみと迫害の的でキリストが、自らがそのお方との出会いを経験し、キリストのものとされ、キリストがうちに生きておられると言う現実に生き始めた時には、それが喜びの知らせ、福音となり、自分の生涯をかけるに値する価値あるものとなって、いままさにパウロをそのような人生に生かしめている。キリストの福音の力がパウロという一人の人の人生においてこの上なく鮮やかに現されている。この現れこそが、ユダヤ人キリスト者たちをして神をあがめる礼拝と賛美に向かわしめた恵みの事実なのです。あのパウロが、ユダヤ人キリスト者にとっては恐るべき存在でしかなかったはずのパウロが、かつて迫害した信仰を、今は福音として告げ知らせている。恐らくそのように語った人々の中には、かつてパウロの迫害の標的になった経験の持ち主もいたでしょう。その迫害の犠牲者を親しい者の中に持つ者もあったでしょう。そのような彼らが、しかし「今の」パウロを福音宣教者としてこのように認めている。彼の宣教をまさしく福音の宣教として認めている。パウロの宣べ伝える福音が、自分たちがペテロから聞き、ヤコブから教えられている福音と同じであると認めているのです。
 パウロはエルサレムのお墨付きを求めることはしませんが、しかしこのような信仰者たちによる真実の証言は感謝しつつ、それをもって証ししています。人々が自らの宣べ伝えている福音のゆえに、自らの使徒としての権威を証ししてくれることには喜んでその身を委ねるのです。宗教改革者カルヴァンがガラテヤ書の注解の中で次のように言っています。「われわれは、人が神の恵みに飾られているのを見ると、かれらがどこからその恵みを受けたかという問題を忘れて、これらの人々自身を、あたかも神の如くにあがめるのである。それゆえこのくだりで勧められているのは、恵みの創造者に本来帰すべきものをかえすように、恵みを受けている人よりも、その元なる方を見るべきだ、ということである」。このように、パウロの使徒たることを証しするのはエルサレムの権威ではない。むしろ彼が宣べ伝えている福音そのものであり、またその福音を聞いた人々の証言であり、なによりも「かつて」のパウロを捕らえ、このように彼を生かし、「今」彼を用いたもう主イエス・キリスト御自身である。その主によって私たちも捕らえられ、今、生かされている。「かつて」と「今」のコントラストが鮮やかであればあるほど、そこに主イエス・キリストの恵みは輝き出でるのです。

 

 



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