シリーズ福音に生きる9 2009/05/10
『摂理の神』

使徒17:24-28

 今晩は、創造の神が今も御自身のお造りになったこの世界を保ち、治めていてくださる神の「摂理」ということについて、御言葉からともに学んでおきたいと思います。

(1)創造の神の摂理の御業
 この天地万物をお造りになられた創造主なる神は、その造られた世界をよしとし、喜びとし、そこに存在するすべてのものに意味と目的を与えてくださるお方です。主なる神はこの世界を創造したら、あとはそれをそのままに捨て置かれ、放置されるお方でもなく、この造られた世界に対して今も、恵みと慈しみを施し、愛と真実を注ぎ続けていてくださいます。それで、私たちが生かされているこの世界も、そしてこの私自身も、今を生きることができるのです。このように神が創造された世界に今も、その御手をもって関わり、携わり続けていてくださる働きを指して「神の摂理」と呼ぶのです。
 使徒の働き17章24節から28節をお読みします。「この世界とその中にあるすべてのものをお造りになった神は、天地の主ですから、手でこしらえた宮などにはお住みになりません。また、何か不自由なことでもあるかのように、人の手によって仕えられる必要はありません。神は、すべての人に、いのちと息と万物とをお与えになった方だからです。神は、ひとりの人からすべての国の人々を造り出して、地の全面に住まわせ、それぞれに決められた時代と、その住まいの境界とをお定めになりました。これは、神を求めさせるためであって、もし探り求めることでもあるなら、神を見いだすこともあるのです。確かに、神は、私たちひとりひとりから遠く離れてはおられません。私たちは、神の中に生き、動き、また存在しているのです。あなたがたのある詩人たちも、『私たちもまたその子孫である』と言ったとおりです」。ここには天地万物をお造りになった神が、「ひとりの人からすべての国の人々を造り出して、地の全面に住まわせ、それぞれに決められた時代と、その住まいの境界とをお定めにな」ったと、この造られた世界の歴史、文化、そこに生きる人間といのちあるものの営みのすべてを導いておられることが語られています。パウロは創造の神を知らないアテネの人々に、そのような創造と摂理の神がおられることを宣べ伝えたのでした。

(2)神の今働く力
 「摂理」という言葉は英語で「プロヴィデンス」と言いますが、これはもともと「プロヴィデオー」、「前もって見る」という意味の言葉から来ています。それで「神の摂理」というと、神が前もってすべてをお見通し、人間はただそのレールの上を進むようなことだと、神と私たちとの関わりを機械的な運命論、宿命論のように考えてしまいがちですが、決してそういうことではありません。この点を宗教改革の教会が大切にしてきた信仰問答の言葉で確かめておきたいと思います。ハイデルベルク信仰問答の第27問にこうあります。「問:神の摂理について、あなたは何を理解していますか。答:全能かつ現実の神の力です。それによって神は天と地とすべての被造物を、いわばその御手をもって今なお保ち、支配しておられるので、木の葉も草も、雨も日照りも、豊作の年も不作の年も、食べ物も飲み物も、健康も病も、富みも貧困も、すべてが偶然によることなく、父親らしい御手によって私たちにもたらされるのです」。
 ここでのポイントは「全能かつ現実の神の力」ということと、「父親らしい御手によって」ということです。まず「全能かつ現実の神の力」という吉田訳に対して、竹森訳では「神の全能なる、今働く力」と訳します。どちらも意味は同じですが、神の摂理は「今働く力」とする理解は重要です。神はすべてをあらかじめプログラム済みで、私たちはそのプログラム通りに機械的に日々を過ごしているというのではなく、生ける神が今も私たちに働きかけ続けていてくださる、まことに生ける神との交わりの中に導かれる私たちとこの世界の営みであることを覚えたいと思います。

(3)父親らしい御手によって
 さらに神の摂理の御業が「父親らしい御手」といわれることにも注目したいと思います。「父親らしい」とはすなわち神のこの世界とそこに生きる者たちに対する関わりが愛に溢れた見守りの意志であることを表していますし、絶えずその御手を働かせ続けていてくださる絶え間なき業であることをも表しています。ウェストミンスター小教理問答の第11問ではこう教えられます。「問:神の摂理の御業とは、何ですか。答:神の摂理の御業とは、神が、最もきよく、賢く、力強く、すべての被造物とそのあらゆる動きを保ち、治めておられることです」。神の摂理は最もきよく、賢く、力強い。創造の神は造られた世界をそのまま無関心、無責任に放り出す神ではない。造られた世界に飽き飽きして、気に入らないからといって投げ捨てる神ではない。御自身の最もきよく、賢く、力強い御心と御業によって、愛の中に守り、養い、育み、成長させてくださる御業なのです。ある人が摂理とは神の創造の世界に対するメンテナンスだと言いました。お父さんが自分で建てた家に愛情を注ぎながら手入れをし、ペンキを塗ったり、修繕をする。それによってますますその住まいは味わい深い歴史を刻んだ、その家族のホームとなっていく。それが神の慈しみの御手による摂理の御業だというのです。
 創造の神は、その確かな生ける御手をもって今日も私たちを支え、守り、生かし続けていてくださる愛と恵みに満ちた摂理の神であられる。だからこそ私たちはハイデルベルク信仰問答第28問が教えるように、「逆境においては忍耐強く、順境においては感謝し、将来については私たちの真実な父なる神をかたく信じ、どんな被造物もこの方の愛からわたしたちを引き離すことはできないと確信できるようになる」のです。

 



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