シリーズ福音に生きる7 2009/04/19
『名乗られる神』

出エジプト3:13-14

 前回は、聖書の証しする神が「語られる神」であられることをました。今晩はこの神が、ご自身の名を明らかにされる「名乗られる神」であられるということを通して、私たちをしてご自身の名を呼び求めることを願っておられる生けるまことの神様について、ご一緒に御言葉から教えられていきたいと思います。

(1)名乗られる神
 今晩開かれている出エジプト記3章は、エジプトの地で奴隷の生活を強いられていた神の民イスラエルを救い出すために、主なる神がモーセという一人の人を選び、エジプト脱出のリーダーとしてお立てになった際に、モーセが主なる神にその名を尋ね、神がそれに答えて自らの名を明らかにされるという旧約聖書の中でも重要な場面です。13節、14節をお読みします。「モーセは神に申し上げた。『今、私はイスラエル人のところに行きます。私が彼らに「あなたがたの父祖の神、私をあなたがたのもとに遣わされました。」と言えば、彼らは、「その名は何ですか。」と私に聞くでしょう。私は何と答えたらよいのでしょうか。』神はモーセに仰せられた。『わたしは、「わたしはある。」という者である。また仰せられた。『あなたはイスラエル人にこう告げなければならない。「わたしはあるという方が、私をあなたがたのところに遣わされた。」と』」。
 聖書の証しする神は、ご自身を明らかにされる神、これを教理の言葉で「啓示」と言いますが、まさにご自身がいかなるお方であられ、私たちにとってどのような存在であられるかを、私たちに分かる仕方で啓示される神であられます。この神の啓示の最も基礎となるのが、今日取り上げる「神の名」ということであり、聖書の神は私たち人間に対して沈黙を貫き、遙か彼方にいます孤高のお方ではなく、私たちに絶えずご自身を明らかに示し、その名をもってご自身を示される、名乗られる神であられるのです。

(2)神の名
 では神の名とは如何なるものなのでしょうか。神の名を問うモーセに対して、神はこうお答えになられます。「『わたしは、「わたしはある。」という者である。』また仰せられた。『あなたはイスラエル人にこう告げなければならない。「わたしはあるという方が、私をあなたがたのところに遣わされた。」と』」。ここで神はご自身の名を「わたしはある」と名乗られます。今日でもユダヤ人たちが畏れ敬いつつその名を口にすることをしない「聖四文字」と呼ばれる「ヤハウェ」という名です。この「ヤハウェ」という言葉は、ヘブライ語の動詞「ハヤー」から出来た言葉で、この「ハヤー」は、「ある」、「なる」、「あらしめる」といった意味を持つといわれます。すなわち、聖書の証しする神は「わたしはある」、「ありてある神」、生きておられる唯一まことの神であられ、すべての存在の源であられ、それゆえにすべての存在をあらしめ、生かし、その存在に意味を与えるお方であられます。 さらに、「わたしはある」という名は、単に今ここに存在している、という静的、スタティックな意味のみならず、この神が私たちの歴史の中にご自身を啓示し、かつてあられ、今もあられ、そしておわりまで存在し続ける永遠のお方であることをも示しています。ちょうどヨハネ黙示録において、神の御子イエス・キリストが「昔いまし、常にいまし、後に来られる方」と紹介されていた通りです。そしてこのお方が、この歴史を貫いて、創造から終末まで「ありてある者」としての御存在をあらわし続けていてくださる神であるということは、その間ずっと、私たちとともにあり続けてくださるお方、「見よ、わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたとともにいます」とお約束くださる「イムマヌエル」の神であられることをも示しているのです。

(3)神の名を呼ぼう
 神が名をもってご自身を明らかにされる、あらためてこのことの意味を考えておきたいと思います。私たちもそれぞれ名前を持ち、その名をもって呼ばれるわけですが、名前を持つということは、それをもってその存在が特定されることを意味します。他の誰でもなくこの私、あなた、彼、彼女、それらが代名詞としてでなく、はっきりとその名をもって特定される。まさに「ありてある者」であられる主なる神は、「神一般」というような抽象的な存在、人間が夢想するような儚い存在ではなく、生けるまことのお方、私たちにその名をもってご自身をはっきりと示していてくださる唯一のお方であられます。また、神がその名を私たちに示されると言うことは、神がその名をもって私たちがご自身を呼び求めることを欲していてくださるということでもあるのです。すなわち「ありてある者」であられる主なる神は、私たちが親しく主の名を呼ぶことをよしとし、喜びとしていてくださるお方、私たちと交わりを持ちたもうお方であられるのです。
 だからこそ、私たちは今日も心から主の名を呼び求め、この主なる神を礼拝し、このお方の御名によって祈り、この方の語りかけを聞くのです。聖書の証しする神は、その名も分からないような「知られない神」でなく、かつて預言者を通してご自身を明らかにし、ついには御子イエス・キリストを通してご自身をはっきりと示し、そして今、聖霊によって聖書の御言葉を通してご自身を証しし、私たちにその名を明らかにして、私たちがその名を呼び求めることを喜びとしてくださるお方であられる。この恵み深い主なる神の御名を心から称え、神の御名を親しく呼びまつる私たちでありたいと願います。その時にこの神は私たち一人ひとりをもその名をもって呼んでくださり、私たちの神、私の神となってくださるのです。

 



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