シリーズ福音に生きる1 2009/03/01
『福音のはじめ』

マルコ1:1-8

 今晩からこの夕拝では新しく、「福音に生きる」というシリーズで御言葉に聞いていきたいと願っています。聖書を通して主なる神が語っていてくださる救いの教えを「教理」と言いますが、今日から始めようとするのはいわゆる「教理説教」と呼ばれるものです。主なる神が私たちに差し出していてくださる救いの恵みを受け取り、またその救いのご計画の全体をよりよく知っていくために、ご一緒に今日から御言葉を新しく聞き続けてまいりたいと思います。

(1)神を愛するための教理
 私たちの教会では、これまで夕拝で使徒信条、ニカイヤ信条、バルメン宣言などを学び、また祈祷会でもハイデルベルク信仰問答や、ウェストミンスター小教理問答といった教理の学びを大切にしています。それは代々の教会がどのようにして御言葉に聞き続けてきたのか、その信仰の伝統に沿って歩むためであり、また自らが信じている事柄を繰り返し聖書の御言葉によって吟味し、自らの確信を深めるためであり、同じ信仰に生きる神の民とともに公同の信仰を告白し続けるためであり、そして自分が聞き、信じた事柄を確信を持って人々に宣べ伝えていくためであると言えるでしょう。
 とかく多くの人々は「教理を学ぶ」と聞くと、難しいと言って敬遠しがちです。そもそも「信じる」ということを、「知る」ということと対立的に捉え、信仰とはどこまでも感情の事柄であって信仰に知性は必要ないと考えてしまいやすいのです。しかし教会は長い歴史の中で、救いの教えとしての教理を学ぶことを重んじてきました。そして「信じるために知る」という姿勢を大切にしてきましたし、「信仰は知ることを求める」とも言われてきました。ある時代にはむしろ「知る」ことが優位に置かれ、信仰がまったく知性の事柄にようになってしまった時もありましたが、その度毎に教会は原点に立ち戻り、神を知ることは単なる知性の求めによるのでなく、むしろ神を愛するため、神に栄光を帰するためであるとの姿勢を整えていったのです。私たちも今晩から御言葉にしたがって教理を学び始めていきますが、その目的は正しい意味で、すなわち宗教改革者カルヴァンが語ったように、神を崇める目的で神を知るためであることを、先ず始めにしっかりと心に刻んでおきたいと思うのです。

(2)福音のはじめ
福音とは何か。このことをこのシリーズ説教の中では繰り返し問い続けていくことになりますが、その最初に、マルコ福音書に記された御言葉に聞いておきたいと思います。1章1節。「神の子イエス・キリストの福音のはじめ」。これは大変短い言葉ですが、実に豊かな意味合いを含んだ言葉です。神の子、イエス・キリスト、福音、はじめ。これら一つ一つの言葉を順番に取り上げるだけでも数回のシリーズになるほどの言葉です。しかし今晩はこの御言葉を、先ほどの一つの問いにまとめておきたいと思います。すなわち「福音とは何か」という問いです。私の書棚には教理の本、信仰問答の本が随分たくさんあるのですが、この説教に取り組むに当たっての自分なりの願いとして、この説教を通して、自分なりの教理入門、信仰問答のようなものを書き上げてみたいということがあります。もちろんすぐに出来るようなものではありませんが、そのような願いをもってこのシリーズに取り組みたいと思っているのです。そこでこの説教の準備のためにいくつもの教理入門、信仰問答を読みながら、それぞれの著者の信仰、神学の特色が表れていることを興味深く学んでいます。
 その中で、以前にもご紹介したことがあるかと思いますが、永井春子先生の書かれた『少年のためのキリスト教教理』という本から多く教えられています。だいたいこのような入門と呼ばれる類の本は、神学者の一番の力量が問われるもので、このような書物にこそ著者の信仰と神学の真髄があらわれてくるのですが、その意味でもこの本は大変優れたものだと思っています。その冒頭に次のような問答があります。「問1:キリスト教とは何ですか。答:キリスト教とはキリストです。問2:キリストとは誰ですか。答:神のひとり子で、私たちを罪から救うために人となられたイエスさまのことです。このイエス・キリスト以外にまことの救い主はどこにもありません。またこのイエス・キリスト以外に、まことの神さまを知る道はありません。問3:そのキリストを知るには、どうすればよいですか。教会に来て、礼拝しながら、聖書のみことばを聞くとき、御霊の働きによって、キリストを知ることができるのです。ただ知るだけでなく、キリストにお会いできるのです」。

(3)福音はキリスト
 まさにここで語られている「キリスト教とはキリストです」というやりとりは、マルコが福音書の冒頭で記した言葉と共鳴するものと言えるでしょう。「神の子イエス・キリストの福音のはじめ」。それは言い換えれば「神の子イエス・キリスト”が”福音のはじめ」であると受け取ってよいし、まさにそのように受け取るべき宣言です。イエス・キリストが福音のはじめである。しかもここで「はじめ」と訳される「アルケー」という言葉は、古代ギリシャの哲学においては万物の根源、始原を意味する言葉です。つまりイエス・キリストこそが福音の根源、福音の始原、その中心であられるというのです。
 このように今晩から始まる説教は、キリスト教教理の全体を学んでいくことになりますが、しかしそれは単にキリスト教という宗教や思想を学ぶことでなく、まさに私たちのただ一人の救い主、生けるまことの主であられるイエス・キリストとの出会いを求めて、このイエス・キリストを源とする良き知らせを聞いていこうというものです。ここに私たちの心を集め、心を開いて、御言葉を通して語ってくださる福音の言葉に聞いていきたいと思いますし、そうして聞き取られた言葉によって私たちが新しくされ、まことのいのちに生き始めることが出来るように、ともに祈りつつ集うお互いでありたいと願います。

 



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