降誕節記念主日夕拝    2018/12/23
『輝く明けの明星』

ヨハネ黙示録22:16-21
 
 2018年の幸いなクリスマス礼拝の一日が終わろうとしています。実際にはイヴが明日の晩ですので、まだクリスマスはこれから、ということですが、それでも喜びの中でこの一日を過ごし、あらためて御子の御降誕の恵みを味わったことです。この夕べ、もう一度、主の御前に静まり、やがてふたたび来られる主イエスを待ち望む喜びを味わいましょう。

(1)二重の待望
 クリスマスを迎えるまでの日々に繰り返し教えられてきたように、アドベントには「すでに」来られたキリストを待ち望むことと、「やがて」来られる再臨のキリストを待ち望むことという二つの待望としての意味が込められていました。キリストにある地上の生は、この二つの時の狭間を生きること、再臨の主イエス・キリストを待ち望むということが、私たちの生き方を形作るものでもあるのです。
 黙示録のクライマックスで、パトモスに流され、幽閉生活を送っていたヨハネは、終わりの時の新天新地の完成の幻を見せられ、続いて主の御声を聴きます。16節。「わたしイエスは御使いを遣わし、諸教会について、これらのことをあなたがたに証しした。わたしはダビデの根、また子孫、輝く明けの明星である」。イエス・キリストがダビデの根であることはすでに旧約聖書イザヤ書11章1節で「エッサイの根株から新芽が生え、その根から若枝が出て実を結ぶ」、10節で「その日になると、エッサイの根はもろもろの民の旗として立ち、国々は彼を求め、彼のとどまるところは栄光に輝く」と語られていたことでした。預言者はやがてダビデの子孫として来るべき救い主メシヤの幻を見たのです。
 またイエス・キリストは「輝く明けの明星」と言われます。新改訳2017の欄外注を見ると民数記24章17節が指示されています。「私には彼が見える。しかし今のことではない。私は彼を見つめる。しかし近くのことではない。ヤコブから一つの星が進み出る」。クリスマスの驚きは、切り倒された切り株という大いなる断絶の経験にも関わらず、その根が残され、切り株の中から生え出るひこばえのように、神の民の滅亡の歴史の中から新芽のようにして始まった大いなる救いの出来事のもたらす驚きでもあるのです。

(2)クリスマスの約束
 さらに、この大いなる断絶の経験は、クリスマスにお生まれになった御子イエス・キリストの御生涯においても存在します。十字架に死なれた御子イエスは、三日目に死を打ち破り、死の断絶を超えて、朝の光の中によみがえられた復活の主、栄光の主、勝利の主であられます。そのように主なる神の大いなる救いのご計画は、切り倒されたエッサイの根株、ダビデの子孫から、暗闇の夜が明け初めて夜明け前に輝き始める明けの明星として始まるのだと黙示録は語るのです。
 熾烈を極める迫害の中で、それでも信仰のともしびを灯し続けた初代教会の信仰者たちが、この黙示録の語る御言葉を聞くことによってどれほど慰められ、また力づけられたかを思います。世界を覆い尽くす破壊と破滅と人々の心を支配する絶望と虚無の力によって切り倒され、後に残された切り株。しかしその暗黒の世界の中で人知れず切り株から小さな新芽が生え、やがてその芽が成長し、広がって豊かな実を結ぶ。私たちの救いのためにこの地に来たり給うた御子イエス・キリストこそが、この切り倒された根株から生え出るダビデの根、子孫、そして輝く明けの明星なるお方なのです。
 主は暗闇の世界の中に約束の光を照り輝かせて下さるお方なのです。あの創世記が世界を「光よ、あれ」と光の創造をもって始められ、そしてそこに定められた「夕があり、朝があった」という日の刻みは、今この時においても、そして世界の終わりにおいてもまた然りなのだということを、心に刻んでおきたいと思います。

(3)主よ、来てください
 最後に20節。「これらのことを証しする方が言われる。『しかり、わたしはすぐに来る。』アーメン。主イエスよ、来てください」。これは私たちが御子イエス・キリストの降誕を祝うこの日の終わりに、御子イエス・キリストからいただく確かな約束の言葉であり、またそれに応答して私たちがささげる切なる祈りです。すでに来られた方、十字架にかかり、よみがえられ、天に上り、今は父なる神の右の座にあって聖霊を送り、私たちとともにいましたもうインマヌエルの主が、やがて再びこの地に来たり給うことを待ち望む祈りです。
私たちはこのクリスマスを祝う夕べに、今一度、主イエス・キリストの大いなる約束の言葉を心に刻みたいと思うのです。「わたしはすぐに来る」。すでに主は来られた。そして今も我らとともにいます。けれどもまだすべては完成してはいないのです。まだその時が待ち望まれている。神の約束はその成就、完成の時を目ざしてなお私たちの歩みを前へと進めさせるのです。
 その歩みはまことに困難を極めます。忍耐を必要とします。祈る心も揺さぶられ、祈る言葉も失われるような時があります。そこには涙の祈りがあり、呻きの祈りもあるでしょう。けれども私たちはこの朝、互いにこう確信するものでありたい。我らの主イエス・キリストは初めであり、終わりである方、すべてを初めからやり直して下さり、成し遂げて下さる方、そして必ず再び来たり給うて、神の救いの約束を実現してくださるお方なのだということを。「しかり、わたしはすぐに来る」。この主イエス・キリストのお約束をしっかりと握りしめて、その呼び掛けに私たちもこの生涯をかけて精一杯応答するものでありたいと願います。「アーメン。主イエスよ。来てください」。



日本同盟基督教団 徳丸町キリスト教会
〒175−0083
東京都板橋区徳丸6−24−10
TEL 03−3935−3405
FAX 03−3935−3445

メールでのお問い合わせ
管理人


Copyritht ©The Evangelical Alliance Mission Tokumarucho Christ Church All Rights Reserved.