降誕節記念夕拝 2009/12/20
『賛美の人生』

ルカ2:15-20

 2009年のクリスマスの主の日を感謝と喜びのうちに過ごし、静かな夕べを迎えました。とりわけこの朝の礼拝において、お二人の兄姉方の洗礼式を執り行うことができたのはこの上ない喜びです。私たちと出会うために人となっておいでくださった神の御子イエス・キリストと、まさしく新しい出会いを果たされた方々の姿を目の当たりにして、私たちの中にも大いなる喜びが満ちあふれています。この喜びの中であらためて私たちも主との出会いの恵みを御言葉を通して深く味わいたいと思います。

(1)さあベツレヘムへ
 御使いたちを通して救い主誕生の知らせを受けた羊飼いたち。恐れや戸惑いの心を抱いたであろう彼らは、しかしそのような心を超えて行きます。15節。「さあ、ベツレヘムに行って、主が私たちに知らせてくださったこの出来事を見て来よう」。彼ら羊飼いたちがこの最初のクリスマスの出来事の単なる傍観者で終わることがなかった理由はただ一つ、御使いが語ってくれたことばでした。すなわちそれは御使いが繰り返し語った「あなたがたのため」という言葉です。御使いが「あなたがたのために救い主が生まれた」と語ってくれたことばを聞いたとき、彼らはまさにこのお方が「私たちのための救い主」であると受け取ったのでした。朝の礼拝でも教えられたように、羊飼いとは社会の周縁に生きる人、世の中の底辺で這い蹲るようにして必死に生きている人々です。しかしそのような彼らの元に喜びの知らせは届けられた。そして羊飼いたちもこの知らせを恐れつつ、しかし確かな喜びの中で「私たちのため」の言葉として聞いたのです。
 よきおとずれとしての福音の持つ力がここにあります。御使いが天から語りかける福音の言葉はただ漠然と宛てもなく語られたものではありません。それは確かに聞かれるべき相手を求めて語りかけられるのであり、それはまさしく「あなたがたのため」の福音、つまり「私のための」福音のことばなのです。そしてそのように福音の聞くならば、16節で「そして急いで行って、マリヤとヨセフと、飼い葉おけに寝ておられるみどりごとを捜し当てた」とあるように、その喜びは私たちをも救い主の元に走らせるのです。

(2)告げられたことを知らせる
 こうして生まれたばかりの飼い葉桶のキリストのもとに駆けつけてきた羊飼いたちは、この出来事の意味を証言する最初の証人となりました。17節。「それを見たとき、羊飼いたちは、この幼子について告げられたことを知らせた」。彼らはマリヤ、ヨセフ、そしてルカはそこに彼ら以外の人々がいたことを暗示的に記していますが、そこにいる人々に対して、荒野で御使いたちが告げてくれた救い主の到来のメッセージを知らせます。彼らはこの幼子がどなたであるのか、そしてこの幼子がなんのためにお生まれになり、その誕生が私たちにとってどのような意味を持つのかを証言する重要な証人とされているのです。
 私たちがクリスマスを伝道のよき機会として用いるのも、私たちもまたこの出来事の目撃者であり、証言者とされているからにほかなりません。クリスマスは巷の喧噪から離れて、キリスト者たちだけがひっそりと静かに味わうものという考えがないわけではありませんが、しかし私たちはこの出来事を告げ知らせる羊飼いのように、自分たちの見たこと、聞いたことを話さないわけにはいかないと十字架と復活を告げ知らせた主の弟子たちのように今日もここから喜びを担って遣わされていきたいと願うのです。

(3)賛美の人生
 そして20節。「羊飼いたちは、見聞きしたことが、全部御使いの話のとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰っていった」。ここには、主イエス・キリストとの出会いを果たした人の礼拝の姿が描き出されます。神をあがめ、賛美する羊飼いの姿。それは天の軍勢の賛美の歌声に応ずる地上からの賛美の声であります。天から地へと賛美の声が歌われたように、この時、みどりごイエス・キリストに出会った羊飼いたちの口から、天に向けて神様の栄光をたたえる賛美の声が上げられていくのです。これは主イエス・キリストを讃える最初の賛美の歌い手たちの姿です。神殿礼拝からもっとも遠い所にある彼らが、しかし真の礼拝者として、今ここにいるのです。けれども私たちがその喜びの賛美の光景の中で読み飛ばしてならないのは「帰っていった」という言葉です。彼らはそのように賛美しながら帰っていく。町囲みを出て、再び彼らは羊たちの待つ荒野に戻っていく。あの日常、人々から虐げられ、疎んじられた生活へと帰っていくのです。
 この夜の出来事は彼らの人生にどのような意味を持ったのでしょう。一晩だけの夢のようなおとぎ話のような出来事であったのか。福音書はその後の羊飼いの姿を描くことをしませんから、いたずらに想像を広げていくことは慎まなければなりません。しかし、これだけは確かなこととして言えるのは、主イエス・キリストとの出会いを経験した人々は必ず変えられるということです。新しい人となって歩みを始めるのです。そのように人を新しく生かす力が主イエス・キリストの福音なのです。主イエス・キリストの誕生の喜びは私たちを新しい人としてキリストとともに生きる人生へと招きます。その人生の何よりの証しが礼拝の歩みであり、賛美の歩みであり、福音を告げ知らせて生きる歩みです。私たちもクリスマスの喜びと出会うことの許された一人一人として、今晩またここから新しい喜びの光の中へ、賛美の人生を歩み出していきたいと願います。



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