賛美夕拝  2014/06/22
『いつもあなたがたとともに』

マタイ28:20

 今日も主の日の終わりにもう一度御前に集まって、心から主を賛美する喜びの時があることを感謝します。主をほめたたえ、主の御声に聴き、主の臨在の祝福にあずかって、ここからまた新しく遣わされてまいりましょう。

(1)私たちの信仰の核心
 キリスト教信仰とは何であるかを一言で言ってください、と言われたら皆さんはどんな風に答えられるでしょうか。一言で、というのは確かに難しい。キリスト教信仰はそれほど簡単なものではない、あれもこれも言うべきことがある。いろいろと考えます。けれども敢えて一言で、と言われたらどうでしょうか。私自身はこのところ、要するにキリスト教信仰とは、「イエス・キリストはいつもあなたとともにおられる」ということなのだと教えられています。ちょうど今、夕拝で月に一度、中谷神学生がマタイ福音書から説教をしてくださっていますが、ちょうどマタイ福音書の始まり、クリスマスの出来事において、主イエスは「インマヌエル」、「神はあなたとともにおられる」という名で呼ばれる方と言われました。そして同じマタイ福音書の終わりは「見よ、わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます」という主イエスの御言葉で結ばれる。
 まさにキリスト教信仰とは、主イエスが世の終わりまでいつも、ともにいてくださり、そしてやがて終わりの時には、主イエスがともにおられることの完成する神の国に迎えられる、そんな希望にあふれた信仰だということがわかるでしょう。それは旧約聖書以来ずっと一貫して語られて来た約束でもあるのです。ヨシュア記1章にも「わたしは、モーセとともにいたように、あなたとともにいよう。わたしはあなたを見放さず、あなたを見捨てない」、「雄々しくあれ、強くあれ、それてはならない、おののいてはならない。あなたの神、主が、あなたの行く所どこにでも、あなたとともにあるからである」と語られるとおりです。

(2)疑いと恐れの中で
 そこであらためて今晩与えられているマタイ28章の結びの御言葉に聞きましょう。18節から20節。「イエスは近づいて来て、彼らにこう言われた。『わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています。それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます』」。これは有名な主イエスの大宣教命令と呼ばれる御言葉です。歴史の中で教会は、この主イエスのご命令、地上での遺言と言ってもよいようなご命令の言葉にできる限り忠実に従って行きたいと願って歩んで来ました。それは私たちにとっても同じことと言えるでしょう。その直前の16節、17節を見ると、御使いと主イエスの指示通りにガリラヤの山の上に集まってきた弟子たちの中にはなお疑いの思いがあったとマタイ福音書は記します。「しかし、ある者は疑った」と。これは一体何に対する疑いであったのか、主イエスの復活の事実に対する疑いではありません。むしろ主から与えられる宣教命令に対する疑いといってもよい。この「疑う」という言葉は新約聖書の中で2度だけ出てくる珍しい言葉ですが、単なる疑問や疑惑の感情ではなく、圧倒的な事柄を前にした時の恐れや躊躇いの感情を含む言葉です。まさに弟子たちからすれば、目の前にある世界に出て行けという主イエスの御命令はまことに恐れためらうようなことであったに違いない。その命令も途方もないものであれば、目の間にある現実もまた途方もないものなのです。その前で全く無力で、無学で小さな自分たちに一体何ができるのか。途方に暮れる弟子たちの心は、また私たちの心もでもあると言えるのではないでしょうか。

(3)いつもあなたがたとともに
 しかしそのような疑いと恐れ抱く私たちに、主イエスはこう語ってくださるのです。「見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます」。主イエスは私たちといつも、ともに、いてくださる。今も、後も、いつまでも、ともに主はいましたもう。羊飼いなる主が御自身の民を牧し、導き、養ってくださる。たとえ会堂が失われ、たとえ牧師が失われ、たとえ教会のプログラムが禁じられ、たとえ集まることの自由が奪われるようなことがあったとしても、それでもよみがえられた主が私たちを、いつも、ともにいて、愛し、導き、支え、励まし、慰め、立たせ、歩ませてくださる。主イエスのよみがえりを信じる私たちに約束されているのはこの信仰です。
 出エジプトの時に、恐れためらったモーセに「わたしはある」という神の名を示してくださった父なる神は、御子イエス・キリストによって弟子達に「わたしはともにいる」との約束を与えてくださり、今は聖霊によって私たちと「いつも、ともに」いてくださいます。このお方にあって私たちもよみがえりのいのちに今日から生き始めたい。よみがえられた主は、いつも、いまも、ともに生きて、働いていてくださいます。私たちもこの主イエスの復活のいのちに生かされて、疑いを捨て、ためらいを振り払い、恐れずに堂々とこの福音を生き抜いてまいりたいと願います。




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