賛美夕拝  2011/01/30
『ただ一つの願い』

詩篇27:1-14

 今年最初の賛美夕拝です。今年も年に数回、新しい賛美をともにささげながら、主の御前に礼拝をささげてまいります。今夕は、私たちがよく親しんでいる詩篇27篇の御言葉を通して、主への礼拝の心を養っていきたいと思います。

(1)ただ一つの願い
 たった一つだけ願いが叶うとしたら、いったい私は何を願うか。洋の東西を問わず、様々なおとぎ話に登場するテーマです。それだけ私たちの日常は思うに任せない、願い通りにならないものであることの現れであるのかも知れません。そんな中で今日の詩篇の御言葉は私たちの心を捉えます。4節。「私は一つのことを主に願った」。ここで詩人の願うただ一つのこと。それは唯一のものと言ってもよいし、第一のものと言ってもよい、そういう「一つ」であります。では詩人の主に願った一つの願いとは一体何だったのでしょうか。それは「いのちの日の限り、主の宮に住むことを。主の麗しさを仰ぎ見、その宮で思いにふける、そのために」と言うのです。
 この詩の背景となる詩人の状況は敵に囲まれた絶体絶命の時でありました。そのような中でただ一つ願うことが許されるとすれば、普通なら敵の敗北かもしくは自らの脱出のはずです。しかし詩人は「主の宮に住む」ことを願い、「主を仰ぎ見、思いにふける」というのです。「この非常時に何をのんきなことを」「今はそんなことしている場合ではない」と周囲の声が聞こえて来そうです。もっと他にすることがあるのではないか、じっとしていて良いのかとあわてふためくのが私たちの姿ではないかと思うのです。しかし外面から詩人を取り巻く状況の激しさと、詩人の内面の静けさとは実に対照的です。この静けさ、平安はどこから来るのか、今日の詩篇27篇とよく響き合う詩篇が、有名な23篇です。その6節を見ますと、そこには今日の詩篇と通じ合う信仰があることに気付きます。それは「主の家に住まうこと」、つまり主と共にあるということでした。この確信が、詩人の心の中に静けさを与えているのです。
 詩人は神様に何かをしてもらうことを願ったのではなく、主ご自身の臨在と、その主との交わりを願い求めたのでした。詩人は迷わず初めから、これ以外にないという確信の元に神様に願ったのでした。そしてその時彼は「主が私を高く上げてくださる」という経験をしたのです。それは全き勝利の姿であり、勝利のほめ歌を歌う姿です。主に信頼する者は倒されることがない。むしろ主はそこに信仰の勝利を賜るお方でいらっしゃるのです。
 
(2)主は私の光
 今や、この「主がともにおられる」ということが、私たちにもより確かな仕方で与えられました。それが「インマヌエル」、「主は私たちとともにおられる」という名を持つお方、神の御子イエス・キリストです。主イエスはまさに私たちのともに、どんな苦しみの時、悩みの時、困難の時、孤独の時にも、私たちを見離さず、見捨てず、忘れることなく、いつも私たちとともにいてくださる。だから私たちもこの唯一のお方を求めるのです。
 そこから振り返ってみると、詩人は1節でこう歌っています。「主は、私の光、私の救い。だれを私は恐れよう。主は、私のいのちのとりで。だれを私はこわがろう」。主なる神を「光」と呼ぶ。これは旧約の信仰のみならず、新約に引き継がれ、そして教会に受け継がれていった重要な信仰の告白です。主御自身が光であられる。さらに主の救いが完成する終わりの時には、まさに主御自身が私たちの光となって、私たちを照り輝かせてくださるのです。預言者イザヤは60章19節以下でこう預言します。「太陽がもうあなたの昼の光とはならず、月の輝きもあなたを照らさず、主があなたの永遠の光となり、あなたの神があなたの光栄となる。あなたの太陽はもう沈まず、あなたの月はかげることがない。主があなたの永遠の光となり、あなたの嘆き悲しむ日が終わるからである」。

(3)生ける主との交わり
 これまで見てきたような詩人の信仰の経験。それは決して他から強いられて形作られたものではありません。何よりも彼自身が淡々とした日常の中で、主の宮にあること、主との交わりに生きること、礼拝の生活の喜びを味わっていたからこそ、この苦難の時に、彼の中に静かな、しかし大変強固な願いまた告白としてこの信仰が光り輝いてきたのです。
 この詩篇を味わう限り、この詩人の信仰の姿には、主の宮を思う熱心さはあっても悲壮感はなく、主の宮に集うことへのひたむきさはあっても義務感はなく、むしろそこにあるのは驚くばかりの喜び、充実感、心地よさです。ここに私たちが見るべき信仰の姿勢、礼拝の姿勢があるのではないでしょうか。詩人を取り巻く世界は暗闇と混乱、戦いと圧迫の連続です。それは私たちを取り巻く状況と変わりありません。しかしひとたび礼拝の場に集う時、そこを支配するのは主なる神の愛、御子イエス・キリストにおいて表してくださったその愛であり、聖霊が私たちにその愛を受け容れさせてくださるゆえにわき上がる喜びです。神を礼拝するところには喜びがある。この喜びのもとに集うことを私たちの願いとしたい。どのような苦難の中に捨て置かれたように思える時でも、これさえあれば他には何も、と言えるものをしっかりと握りしめていたいと思うのです。その時に、私たちはここからまた新しい週の歩みへと遣わされていくことができるのです。




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