平和主日朝拝 2015/08/09
『悔い改めの中に迎える七十年』

ダニエル9:1-19

 8月第二の主日を迎えました。毎年私たちの教会ではこの日を「平和主日」として覚え、平和のために祈る礼拝をささげています。先週は広島、長崎の原爆記念日があり、そして来週の日曜日には70回目の敗戦記念日を迎えます。歴史の節目の夏です。特に今、国会では解釈改憲によって海外での武力行使を可能にする安全保障法案が、参議院において審議中であり、また今週末にも安倍首相は戦後70年に関する談話を出そうとしています。しかしその内容は、今から20年前の戦後50年村山談話とは異なって、アジア諸国に対する侵略も明言せず、反省はしても謝罪はしないという、実に誠実さを欠くものとなりそうです。
 それでは、私たちキリスト教会はどうでしょうか。まことの悔い改めを教えられている者たちとして、この七十年をどのように迎えていくのかを、旧約聖書ダニエル書からともに教えらたく願います。皆さんの上に主の祝福をお祈りいたします。

(1)ダニエルとバビロン捕囚
 ダニエル書はあらためて全体をきちんと学ばなければならない、今の時代に生きる私たちにとってとても重要な書物ですが、今日はその中心的な箇所に目を留めておきたいと思います。まずその前に本書の時代背景について短く確認しておきましょう。1章1節にこうあります。「ユダの王エホヤキムの治世の第三年に、バビロンの王ネブカデネザルがエルサレムに来て、これを包囲した」。これは二列王記24章以下、あるいはエレミヤ書25章に記される出来事で、「エホヤキムの治世の第三年」すなわち紀元前605年頃、カルケミシュの戦いでエジプトを撃破したバビロン軍が南ユダ王国に侵入し、都エルサレムが包囲された時のことを指しています。そしてバビロン軍によって王とその一族は殺され、民たちはバビロンに捕らえ移されていく。いわゆるバビロン捕囚の始まりです。そしてついにエルサレムは陥落し、紀元前586年に南ユダ王国は滅亡します。
 このような激動の時代にエルサレムからバビロンに捕らえ移された人々の中に、少年ダニエルがおりました。ダニエルは他の三人の若者たち、ハナヌヤ、ミシャエル、アザルヤたちとともにバビロン王ネブカデネザルのもとに召し入れられますが、そこで実に数奇な人生を辿ることになります。その象徴とも言うべき出来事が、3章にあるシャデラク、メシャク、アベデ・ネゴがドラの平野に建てられた金の像を拝むことを拒んで、燃える炉の中に投げ込まれ、やがて神のご介入によって救出されるという出来事、あるいは6章にあるダニエルが他の役人たちの妬みのゆえに、王以外のものを拝む者は獅子の穴に投げ込まれるという勅令が出され、にもかかわらずいつものように主なる神に礼拝をささげたことで捕らえられ、獅子の穴に投げ込まれるも、ここでも神の介入によって守られるというものです。このような捕囚の地での過酷な日々を過ごしながらも、ダニエルは信仰と知恵と思慮に富んだ人物として王の信頼を得て、宮廷で王に仕える側近となり、長きにわたってバビロンにあって政治家、預言者として活動することになったのでした。
 バビロンにおいて、ダニエルたちは間違いなく被害者の立場にありました。祖国を追われ、異教の地に捕らえ移された彼らは、ユダヤ人としての名前を奪われ、ダニエルはベルテシャツァル、ハナヌヤはシャデラク、ミシャエルはメシャク、アザルヤはアベデ・ネゴという名を付けられます。また律法に基づく生活習慣も奪われます。偶像礼拝も強いられます。それは、かつての日本の国がアジア諸国に対して行った侵略行為と相通じるところがあります。今回出されるであろう安倍談話においてアジア諸国への謝罪が入るかどうかがどうして問題となるのかを知るには、その背後にあった事実を知らなければなりません。
 戦争には必ず被害者性と加害者性の両面が存在します。七十年前の日本が中国大陸やアジア諸国を侵略した際、そこで奪ったものは相手国の兵士のいのちだけではありません。数多くの一般市民のいのちを奪いました。また従軍慰安婦問題や中国での731部隊の事件、九州大学医学部での捕虜生体実験など、多くの人々の生の尊厳を奪いました。朝鮮半島や台湾などでの創氏改名や母国語使用の禁止などを通して歴史と文化を奪いました。そして神社参拝と天皇崇拝の強制によって彼らの信仰をも奪ったのです。その一方で被害者としての面が存在します。この国でも戦争によって多くの兵士と一般市民の命が奪われました。その象徴が6日の広島、そして今日9日の長崎の原爆投下であり、また日本で唯一の地上戦を経験した沖縄です。6月23日の沖縄慰霊の日に摩文仁の慰霊塔に出掛けました、米兵に殺されただけでない、日本軍によって強制的に死に追いやられた人々、集団自決の被害者の遺族たちの悲しみは今も癒えることなく、そして今も沖縄は戦争被害の只中にあると言ってもよい。この両面を正しく知ることが必要です。

(2)捕囚から70年が近づいて
 さて、このようなバビロン捕囚の苦難の時代を生きたダニエルに、9章に入ってとても重要な言葉が臨みます。1節、2節。「メディヤ族のアハシュエロスの子ダリヨスが、カルデヤ人の国の王となったその元年、すなわち、その治世の第一年に、私、ダニエルは、預言者エレミヤにあった主の言葉によって、エルサレムの荒廃が終わる前での年数が七十年であることを、文書によって悟った」。ここにある「預言者エレミヤにあった主の言葉」とは、エレミヤ書25章11節、12節に記されている預言を指しています。「この国は全部、廃墟となって荒れ果て、これらの国々はバビロンの王に七十年仕える。七十年の終わりに、わたしはバビロンの王とその民、−主の御告げ−またカルデヤ人の地を、彼らの咎のゆえに罰し、これを永遠に荒れ果てた地とする」。
 ダニエルがバビロンの地に捕らえ移されたのが紀元前605年頃、そして今日の9章の年代は諸説ありますが、だいたい紀元前539年頃と推定されます。ダニエルがバビロンに移された時の年齢が12、3歳と考えると、今日の9章では78歳、79歳になっていたと思われます。その彼が、あらためてエレミヤの預言の言葉を通して、神の裁きの七十年がもうすぐ終わる。捕囚の七十年という苦難の時が終わる。解放の時が近づいていることを知ったというのです。彼の心の内はどんな様子だったかと想像します。戦争末期から戦後にかけて中国大陸や朝鮮半島あるいはシベリヤでの抑留生活を経験した方々はそういう思いが身に染みて分かるのではないかと想像します。
 捕囚の民の心を最もよく伝えているのが詩篇137篇です。「バビロンの川のほとり、そこで、私たちはすわり、シオンを思い出して泣いた。その柳の木々に私たちは立琴を掛けた。それは、私たちを捕らえ移した者たちが、そこで、私たちに歌を求め、私たちを苦しめる者たちが、興を求めて、『シオンの歌を一つ歌え』と言ったからだ。私たちがどうして、異国の地にあって主の歌を歌えようか。エルサレムよ。もしも、私がおまえを忘れたら、私の右手がその巧みさを忘れるように。もしも、私がおまえを思い出さず、私がエルサレムを最上の喜びにもまさってたたえないなら、私の舌が上あごについてしまうように」。これほどの思いの中で過ごした捕囚が終わりの時を迎え、涙を流すほどに思いを馳せた故郷への帰還の時が近づいている。そんな捕囚の七十年の終わりに、ダニエルがしたことは一体何だったのでしょうか。

(3)悔い改めの中に迎える七十年
 3節から6節。「そこで私は、顔を神である主に向けて祈り、断食をし、荒布を着、灰をかぶって、願い求めた。私は、私の神、主に祈り、告白して言った。『ああ、私の主、大いなる恐るべき神。あなたを愛し、あなたの命令を守る者には、契約を守り、恵みを下さる方。私たちは罪を犯し、不義をなし、悪を行い、あなたに背き、あなたの命令と定めとを離れました。私たちはまた、あなたのしもべである預言者たちが御名によって、私たちの王たち、首長たち、先祖たち、および一般の人すべてに語ったことばに、聞き従いませんでした』」。
 捕囚の七十年の時が満ちるに及んでダニエルがなしたこと、それは悔い改めの祈りでした。この後も続く祈りの中で繰り返されるのは、自分たちと自分達の先祖たちが犯した数々の罪と過ちの告白でした。「私たちは御声に聞き従わなかった」、「私たちは律法に従って歩まなかった」、「私たちは不義から立ち返り、真理を悟れるように主に願うこともしなかった」、「私たちは罪を犯し、悪を行った」。この祈りの中に浮かび上がってくるのは、ダニエルがバビロン捕囚の七十年の経験を単なる被害者性の面だけで捉えてはいないという事実です。むしろこのような悲惨な状態を招いたのは自分達の主なる神の御前での罪のゆえと受け取り、しかもその罪の中心にあるのが「御声に聞き従わなかった」いう御言葉への不服従にあったと捉えていることです。
 教会が罪に陥る時、そこで起こるのもやはり御言葉への不服従です。確かに聖書は開かれ、牧師は説教壇から聖書を語り、会衆もまたそれに聞いていた。しかしそこで本当に御言葉が語られ、聴かれたのかと言う問いはなお残るのです。それはとりもなおさず私たちの礼拝の課題に直結します。同盟教団は2013年に信仰告白の改定を行いました。私は教憲教規・機構改革委員会の委員長として、信仰告白改定案の草案を書いたのですが、確定した第七項、教会に関する告白は次の通りです。「教会は、聖霊によって召し出された神の民、主イエス・キリストをかしらとするからだであり、羊飼いなる主の御声にのみ聴き従う羊の群れである。地上の教会は、再び来られる主を待ち望みつつ礼拝し、みことばを説教し、聖礼典を執行し、戒規を重んじ、聖霊の力によって全世界に福音を宣べ伝える」。
 この中で特に大切にしたかったのが「羊飼いなる主のみ声にのみ聴き従う羊の群れ」という部分でした。そしてこのことの真価が問われる時代を私たちは生き始めています。終わりの時まで、羊飼いの声を聴き分け、その声にどこまでも付き従っていく。そのような教会を建て挙げたいと願っています。そのためには本気の礼拝、本気の説教が求められています。

(4)先祖の罪責と私たちの罪責
 ダニエルの祈りのもう一つの焦点が7節から9節です。「主よ。正義はあなたのものですが、不面目は私たちのもので、今日あるとおり、ユダの人々、エルサレムの住民のもの、またあなたが追い散らされたあらゆる国々で、近く、あるいは遠くにいるすべてのイスラエル人のものです。これは、彼らがあなたに逆らった不信の罪のためです。主よ。不面目は、あなたに罪を犯した私たちと私たちの王たち、首長たち、および先祖たちのものです。あわれみと赦しとは、私たちの神、主のものです」。
 ここにあるのは、ダニエルが先祖たちの罪を「あなたに罪を犯した私たちと私たちの王たち、首長たち、および先祖たちのものです」と告白している事実です。南ユダ王国がバビロンに滅ぼされたのは、ダニエルの父祖たちの世代の罪のゆえです。それで彼らは捕囚となった。ある意味で彼らは二重の被害者でもあるわけです。しかしダニエルはこの祈りの中で、父祖たちの罪を自分達の罪として悔い改めているのです。ここに私たちは罪責の継承と言うことを考えなければなりません。
 今日の午後に詳しく学びますが、同盟教団がはじめて自分達の戦時中の偶像礼拝と戦争協力の罪と向き合う機会となったのが、1989年2月に中野教会で開かれた「戦争責任フォーラム」でした。当時横浜上野町教会の牧師であった結城晋次先生と、徳丸町キリスト教会の牧師であった山口陽一先生が講演をなさいました。この時の記録集がブックレットになっていますが、集会当日の講演後の質疑応答は随分荒れたと聞いています。戦時中を生きた世代の方々の中からは「戦争の苦労を知らないものが何を言うか」という強い声があったり、戦後世代の方の中からは「自分たちが直接関わっていない責任を負うとはどういうことなのか」という問いかけがあったそうです。
 聖書の民はいつでも民族の歴史を丸ごと共有し、継承してきました。都合の悪い歴史を省いたり、改変したりすることなく、輝かしい歴史も、惨めな敗北の歴史も、罪と過ちにまみれた歴史もみなそっくり受け継いで来ました。ダニエルの姿を見るとき、私たちは彼がそれら神の民、父祖たちの歴史を受け継ぎつつ、そして父祖たちの犯した罪を自分の罪として引き受け、担い、主の御前に悔い改めつつ、しかし同時にその父祖たちの罪を繰り返さないために決断し、信仰の戦いから逃げずに生きたと言う事実を知るのです。少年時代の三人の偶像礼拝との戦いも、ダニエルの王への崇拝の拒否の戦いも、それは彼らの勇敢さの証しである以上に、彼らの悔い改めと御言葉に聞き従うことの決意の表れだったのです。
 聖書の語る悔い改め、それは向きを変えることです。使徒パウロは「心の一新によって自分を変えなさい」と言いました。それは神の御子イエス・キリストの十字架による贖いだけが成し遂げることのできる神の業です。「あれはしょうがなかった」、「自分たちには責任がない」とほおかむりをし、言い逃れをして迎える七十年でなく、主イエス・キリストによるまったき赦しと刷新のゆえに可能となる、悔い改めの中に迎える七十年を迎え、本気で御言葉に聴き、本気で応答する礼拝の人生を送らせていただきましょう。
 17節から19節。「私たちの神よ。今、あなたのしもべの祈りと願いとを聞き入れ、主ご自身のために、御顔の光を、あなたの荒れ果てた聖所に輝かせてください。私の神よ。耳を傾けて聞いてください。目を開いて、私たちの荒れすさんださまと、あなたの御名がつけられている町をご覧ください。私たちが御前に伏して願いをささげるのは、私たちの正しい行いによるのではなく、あなたの大いなるあわれみによるのです。主よ。聞いてください。主よ。お赦しください。主よ。心に留めて行ってください。私の神よ。あなたご自身のために遅らせないでください。あなたの町と民とには、あなたの名がつけられているからです」。



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