池田理代子作品といってまず思い出されるのは、かの有名な「ベルサイユのばら」。
少女漫画を読まない方でも名前だけはよくご存知のことでしょう。
2番目に挙げるとしたら「オルフェウスの窓」。日本漫画家協会優秀賞作品であり
ベルばらほどの知名度はありませんが、宝塚で舞台化され、イメージアルバムも発売
されるなどこちらもファンの多い作品です。
その他にも「エロイカ」「天の涯まで」「女帝エカテリーナ」など壮大な歴史大河ロマンと言える作品をイメージされることが多いでしょう。

しかし、その一方で上記の作品群とは対極にある「非常に閉鎖的なな世界で展開される濃密な愛憎ドラマ」というのも池田作品のもうひとつの柱です。
こちらの方は中篇・短編が多く、歴史モノに較べると一見絵柄やストーリー展開が地味なため見過ごされがちですが、私はむしろこの「愛憎モノ」の方が注目すべき作品が多いように思われます。
そして、その「愛憎モノ」(と勝手にカテゴライズする)の小作品の頂点に位置するのが
「おにいさまへ・・・」であると断言します。

特に「おにいさまへ・・・」以前に書かれたいくつかの短編・中篇は「おにいさまへ・ ・・」の伏線と言ってもいいような部分が隋所に見受けられます。
今回はそれら各作品と「おにいさまへ・・・」の共通点・相違点等を挙げながら、「おにいさまへ・・・」は生まれるべくして生まれた作品であったことを検証してみましょう。

■「ふたりぼっち」■
★あらすじ★
松原かおると桧垣令子は親の再婚のため、姉妹となる。育ちの違いから、始めは反発しあう2人だったが、次第に打ち解けあうようになる。ある日、かおるは母がかつて桧垣氏の愛人で、自分もその間に生まれた娘だと知り「自分は妾の子」という事実にショックを受ける。
しかし、桧垣氏の誠実な説得により、かおるは立ち直る。
ところが、数日後に母をゆすりに来た男の話を聞き、自分は犯罪者の娘で、母はかおるを実の娘だと桧垣氏を騙していたことを知る。
自分の出生を呪うかおるは自殺を決意するが、それを知った令子は自らも病弱である自分の将来を悲観し、また、かおるを愛するゆえに一緒に死のうと言う。
そして2人は手をとりあって、死の世界へ旅立ったのであった。


●「おにいさまへ・・・」との共通点●
・なんと言っても「姉妹の心中」。
・かおるのキャラクターは薫の君のプロトタイプである。名前も同じ。
・令子のキャラクターはマリ子のプロトタイプである。
・かおるは「妾の子」であり、再婚以前の貧しい母子家庭はサン・ジュストとその母を思わせる。


■「桜京」■
★あらすじ★
風早勝子は両親の死により、叔母の家にひきとられて従姉妹の桜京と3人で暮らすようになる。転校先の高校で合唱部に入った勝子は部長の小森ひとみに親しくされるが、勝子の歌の才能や男子部員の佐伯との仲を嫉妬され、次第に辛く当たられる。そんな勝子を守る京。
一方、京が叔母の実の娘ではなく父親の愛人の子であるという自分の身の上に苦しんでいることを勝子は知る。そして、自分を捨てた憎むべき実の母が、今は小森ひとみの義理の母となっていることが明らかとなり、京はますます苦しむようになる。
しかし、現在の母夏子と勝子の愛情と友情により京は実の母を許す気持ちになった。


●「おにいさまへ・・・」との共通点●
 ・桜京のキャラクターは薫の君のプロトタイプである。
 ・勝子のキャラクターは奈々子のプロトタイプである。
 ・小森ひとみは非常にわかりやすい宮様キャラであり、ひとみが束ねる「合唱部」は学校内でソロリティと
  同じ意味を持つ。
 ・京は妾の子だが本妻に引き取られて育てられている不自然な設定は宮様と共通する。
 ・勝子が初め淡い想いを抱く佐伯は優等生で頼もしい男子生徒だがストーリーの中では 印象が薄い。
  これは辺見武彦への流れである。



■「ゆれる早春」■

★あらすじ★
咲岡順子と小林圭子は仲良しの美少女コンビ。早熟な雰囲気で男子生徒に人気の順子は上級生に疎まれ、圭子との仲を裂かれて孤立してしまう。その計画を提案したのは葛西まこと。まことは同級生の江崎に密かに思いを寄せていたが、順子に較べて女性らしさに欠ける自分にコンプレックスを持っていて、素直に告白できないでいた。
ある日、まことは順子に好きだと告白された。まことが拒むと嫉妬にかられた順子は江崎がかつて自分に無理やりキスをしたと言う。順子の言葉を信じたまことは江崎を避けるようになり、そのまま学校を卒業してしまう。
数年後、街で順子とばったり会ったまことは順子から江崎とのことは嘘だった聞かされる。
それを聞いたまことは江崎に謝るために電話をかける。


●「おにいさまへ・・・」との共通点●
 ・葛西まことのキャラクターはモロ薫の君。この頃になると絵柄も全く同じ。
 ・咲岡順子はマリ子のキャラクター。まことに激しい思いを寄せるところまで共通している。
 ・順子との仲良しコンビが外部のちょっかいにより、友情が崩壊するくだりは奈々子と智子の関係を思わせる。


■「章子のエチュード」■
★あらすじ★
柚木章子は事故のため両親をなくし、父の知り合いである桐島家にひきとられる。お手伝いとして暮らす章子は、桐島家の娘の麻由子のワガママや何故か辛く当たる息子の薫の仕打ちに耐えながらも明るく過ごそうとする。
また、同じクラスの野瀬百合子が妾の子として本宅で辛い日々を送っていることを知り、自分と似たような境遇を励ましあう。しかし、百合子は本宅の娘の真弓の婚約者と道ならぬ恋に落ち、恋人と心中してしまう。
激しく落ち込む章子。しかも章子の親が起こした事故で、両親を亡くした冴子が薫の元恋人で、事故がきっかけで二人が別れたことを知り苦しむ。
一方、薫は憎むべき章子の健気な姿に心を奪われていく。そして家族のいないこと悲しむ章子に結婚を申し込む。
2人は家族や学校の反対を押し切り、新しい生活をスタートさせる。

●「おにいさまへ・・・」との共通点●
・ズバリ「薫様」が登場する。但しここでは男子大学生。
・「妾の子」能瀬百合子が本妻の子である女王様キャラ中原真弓に虐げられている。
・主人公の章子は平凡な女の子だが、環境の変化と周囲のフクザツな人間関係に巻き込まれて成長していく。
・麻由子はマリ子キャラ。
・章子の親友でなにかと力になる「イガ」は智子に相当する。
・高校生&大学生(大学院生)との早婚学生カップル誕生が物語の結末。


ここまで読んで頂ければお分かりのように
・平凡な主人公
・妾の子
・「妾の子」を虐げる女王様キャラクター
・ワガママでエキセントリックな美少女のサブキャラクター
・オスカルの流れを受け継ぐボーイッシュな女性キャラクター(女生徒に大人気)
・ハンサムで品行方正な非の打ちどころのない男性キャラクター、しかしその割には
 インパクトが薄い。読者の人気もそれほどではない(笑)
・学校とそれぞれの家庭だけの狭い世界で展開される抑圧された人間関係
・将来を絶望(もしくは今のままの状態でいたいがため)による心中
・羨望や嫉妬によるイジメ、親友との友情の危機
という「愛憎モノ」の作品のキーとなる様々な要素が「おにいさまへ・・・」には全て濃縮した形で入っています。

尚、「おにいさまへ・・・」の重要キャラクターであるサン・ジュストこと朝霞れいに相当するキャラクターが上記の4作品では登場しませんが、これに関しては「クロディーヌ・・・!」の主人公であるクローディーヌを例にとりたいと思います。
舞台が海外であるため、一見、ベルばら系列のお話のように見えますが、性同一性障害(連載当時はそんな言葉はなかったと思いますが)の女性クローディーヌの家族との葛藤や恋人たちとの悲しいドラマは全く「愛憎モノ」ストーリー他なりません。
彼女のカウンセラーとなる精神科医とのやりとりは奈々子と武彦の文通にも似ていますし、最後に絶望のうちに自殺という結末を選択するところはまさにサン・ジュストです。但し、サン・ジュスト様がクローディーヌ同様「女性しか愛せない女性(中身は男性)」なのかはちょっと不明ですね。まあ、これは読者の選択に任す部分なのかもしれません。

長々と解説して参りましたが、このように「おにいさまへ・・・」は池田作品の片翼である複雑な人間関係をテーマにした作品群のエッセンスを取り入れた集大成の物語であることがお分かり頂けたでしょうか?
過去の作品は現在絶版になり、読むことが難しいものが多いですが、機会がありましたら、是非お読みになることをオススメします。

また、蛇足ですが「おにいさまへ・・・」は非常に絵が綺麗です。おそらくこの頃の絵が一番ファンの間では人気が高い、最も池田理代子的な絵柄ではないでしょうか?
中篇ゆえにはじめから終わりまで絵のタッチにほとんど変化がないのは、「ベルサイユのばら」や「オルフェウスの窓」に較べてむしろ優れた点であると言えます。

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   「おにいさまへ・・・」は生まれる
           べくして生まれた作品だった!