いま、ボクサーOHV   BMW に乗る新しさ
バイクもやっぱりヴィンテージ
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1976年、スティーブ・マクローリンが第1回デイトナ・スーパーバイク・レースBMWR 90 Sで優勝し、同年にレグ・プリッドモアが第1回AMAスーパーバイク・チャンピオンシップで第2位。ヨーロッパでは、マン島プロダクションTTレースヘルムート・ダーネBMWR 90 Sが勝利。最高出力67馬力を出した。僕の子供の頃のスーパーカーブームと合い重なり憧れのバイクの一台になった。イタリアのドゥカティが、1978マン島TTレースにおいてマイク・ヘイルウッドを擁して優勝したのを記念して発売したのがこの「ドウカティ900 マイク・ヘイルウッド・レプリカ」下写真もやはり憧れの一台に。
空冷4サイクルL型ツインエンジンは、バルブ機構にドウカティ独特の強制開閉機構デミドロックを採用、最高出力63馬力を出した。
1977年にウイリアム・G・ダヴィッドソンが手掛けた代表作XLCRも最高の憧れの一台だ。子供の頃の憧れのバイクにいつかは乗りたいと大型免許を取りました。

当時最強を誇ったOHVエンジン
最高出力67馬力
1973年から1976年まで3年間生産され、BMW R100Sに後継される。BMW R100Sも1976年から1978年の2年間しか生産されず、実車を探すのは、困難だ。クラシックスポーツCSというネーミングのBMW R100CS(1980年から1984年)はかなりの人気があるが、ドイツでの生産台数が4038台しか生産されず、実車を見たことがない。しかし、インターネットの普及のおかげで、容易にバイクを探す事が出来るようになり、念願の初BMWを手にすることができた。それが、愛車のBMWR80である。
`70年代に入ると日本車の急速な技術革新に他メーカーがついていけなくなってしまう。本田のCB750フォアカワサキのZ1の登場である。子供のころ、マンガ「750ライダー」に影響され、CB750フォアは大人になれば、絶対に乗ろうと決めたバイクだ。それまでのバイク攻勢図は、トライアンフBSA、それにノートンなどの英国勢が圧倒的勢力だったが、バーチカルツインに一気筒をプラスした、3気筒では、当然たちうちできず、次々に倒産に追い込まれていった。BMWも同じで性能を日本車に対抗すべく水冷DOHC、インジェクションを備えたKシリーズを`83年に発表、しかし、時代へのアンチテーゼなのか、性能的には遅れをとるばかりの消えていくはずのトラディショナルなボクサーエンジンを好むBMWファンが急増、
その声に答えるべき登場したのがこのBMW R80だ。